先取必勝方式で行動せよ
「うわっ!」
その声に、吃驚して目を開けた。あれ、いつの間に眠っちゃったんだろう。
あまりの気持ちのよさについ眠ってしまったようだ。クーラーの力は偉大だ。
そういえば、今は何時だろう。夕飯の手伝いをする時間までには戻れって言われたんだけど。
時計時計……。
そう呟きながら視界を彷徨わせたら、目の前の人とバッチリ目が合ってしまった。
「あー……おはようございます?」
って、時間的に朝の挨拶をするのは、おかしいかな。
うぬ? 先輩の顔が真っ赤だ。もしかして、まだ熱が冷めていないのだろうか。
こっちとはして、クーラーが効いてるから快適温度なんだけどなぁ。
「な、え、なん、え……ええっ!?」
これは、思いっきり混乱してる。ということは、先輩の思考も正常に戻ったんだ。
やっぱり、さっきおかしかったのは、暑さのせいだったのか。良かった良かった。
あれが先輩の本性だといわれたら、どうしようかと思ってしまったくらいだ。
「不破先輩、落ち着いてください」
「なんで、さんが? え、まだ夢の中?」
「いえ、これは現実ですけど。先輩、暑さで倒れて民宿に戻ってきたんですよ? 覚えてませんか?」
「それは、覚えてるけど……じゃ、じゃあ、もしかして、さんは、ずっとここにいたの?」
「ええ」
頷くと、更に先輩の顔が赤く染まった。湯気が見えそうなほどに赤い。
本当に大丈夫だろうか。まだ本調子じゃないのかも。それとも、今度は、熱でも出たのだろうか。
「あ、あれ、夢じゃなかったの? ……う、うわーうわー。僕、なんてことをっ!」
顔を抑えて何やらブツブツと呟いている。内容までは良く聞き取れない。
あ、兎も角これで動くことができる。そう思ったは、彼の上から漸く退いた。
あの体勢でずっといたせいか、肩が凝っている。軽く首を回して解した。
先輩に視線を向けると、まだ、悶えていた。何かあったのかな?
そう思っていたら、ズボンのポケットに入れていた携帯が震えた。相手は、利吉くんだ。慌てて出る。
「はい」
『何処で油売ってるんだ』
「え? 油なら、スーパーに行けば」
『ボケんで良いわ!』
あ、いや、今の本気で言ったんだけど。
そっか、そっちの油じゃなかったのか。
『……今何時だと思ってる?』
「え、何時なの?」
『5時だ! お前は、時間も読めんのか!』
「うそ、そんな時間!?」
私、3時間以上寝てたってっこと!? 寝すぎ、寝すぎて脳みそ溶けるよ!
『とりあえず、早く来い!』
「はーい!」
うわわわわ、本気で怒ってる。利吉くんが怒ると、怖いんだよね。
後で、説教くらいそうだ。
「あ、じゃあ、不破先輩、急ぎますんで、また後で!」
「え、ちょ、待っ……」
挨拶もそこそこに、は部屋から飛び出した。
呼び止める声なんて、もちろん聞こえていない。
◇
「申し訳御座いませんでした」
用意が一段落した後、これでもかというほど丁寧な物腰で、目の前の相手に謝った。
怒られる前に謝る。これぞ、先取必勝作戦だ。
「……本当に反省してるんだな?」
「はい、それはもう天に誓って!」
相手の眉がピクリと動いた。
あ、やばい。なんかちょっと調子乗っちゃったかな。
「……反省してます」
本当に悪いと思ってる。
親が居ない今は、いつもより忙しいという事が分かっている。利吉くんに任せっきりだってことも。だからこそ、少なくとも自分の分担くらいは、きちんとやらなきゃと思っていたのに、眠って忘れてしまうなんて、情けない。
「……怒ってないよ」
「え?」
「は、別に従業員じゃない。手伝いをしているだけだ。それに、初めから期待してないから」
それ、フォローされてるんだろうか。貶されてるんだろうか。
よし、深く考えると凹むから、ポジティブに考えておこう。
「それで、何で遅れたんだ?」
「ほら、倒れた子の看病してたじゃない?」
「ああ、でも、様子見だけだったら、そんなに時間もかからないだろう?」
「あ、いやー、実は寝ちゃって」
その言葉に、利吉くんの表情が止まった。
もしかして、言ってはいけない台詞を吐いてしまったのだろうか。
「寝たって、その子の部屋で?」
「……ええと、はい、寝ちゃいました」
「おまえというやつはーーー!」
思いっきり頭を締め付けられてる。
痛い痛い! 本気でしょ、これ本気の力でしょ!
「見知らぬ男の部屋で寝るとかアホか!」
「見知らぬ人じゃないよ!」
「なに?」
「知り合いの先輩だったの!」
うう、痛いから放してー!
その気持ちが通じたのだろうか、力が緩んだ。
ほっと安堵したんだけど、目の前の利吉くんの表情は、怖いままだ。
「知り合い?」
「うん、うちに来た団体客って男バスだったみたいで」
「男の知り合いが出来たとは聞いてないぞ」
「えー? 初日に車の中で言ったじゃん。友達いっぱい増えたよって」
あれ? 利吉くん、頭を手で押さえている。痛いのかな?
「……変な虫だけは付けておくなよ?」
「虫? そんな気持ち悪い事してどうすんの」
体にいっぱい虫付けて喜ぶような趣味は持ってない!
「そういう意味じゃない! 変な男に引っかかるなって意味だ!」
「何で利吉くんにそんなこと言われなきゃいけないの?」
「それはっ……と、父さんが煩いからだ!」
「伯父さんが?」
伯父さんって、そんなに心配性だったっけ?
でも、この間あった時に、彼氏が出来たら真っ先に自分に紹介しろって言われたよね。
利吉くんにまで加勢を頼むなんて、ちょっと大げさすぎないかな?
ウチの父さんなんて、逆に軽いもんだよ? 男いっぱい作れーとか笑顔で言ってるよ?
それとも、伯父さんみたいなのが男親の一般的な反応なのだろうか。
「ああ、のことを自分の娘みたいに思ってるから……」
あ、利吉くんが遠い目をしている。苦労してるんだなぁ。
「と・も・か・く! 今度からそういうことはするなよ!」
「え。うん!」
目がマジです。なので、素直に頷いておきました。