吹き荒れる嵐の名は
「三郎! ちょっと落ち着けって!」
三郎は、少し乱暴に部屋の扉を開けた。そのまま、足音を抑えることなく中に入る。
それを、雷蔵たちが追いかけてきたのだ。
「私は怒ってない!」
その発言自体が、既に怒っている事を示しているのだが、当の本人は気付きもしない。
それだけ、冷静ではないのだろう。
「十分怒ってるって。気持ちも分かるが、いい加減、落ち着け」
「煩い八左ヱ門! 文句言うなら出て行け!」
ギロッと睨み付けると、竹谷はお手上げと言わんばかりに肩を竦めた。
「……雷蔵、俺ら部屋に戻るな」
「あ、うん。ごめんね」
「雷蔵が謝ることないだろ」
そう告げながら、二人が部屋から出て行く音が響いた。
シンと、静けさが部屋に戻る。
「ねえ、三郎……」
「関係ないって、なんだよ」
雷蔵の言葉を遮るように三郎は声を発した。
だが、雷蔵はそれを咎めることなく、彼の続きの言葉を待った。
「確かに出会って間もないさ。あいつの事、全部知ってるわけじゃない……けど、何もあんなこと言わなくてもいいだろ。なんか、すっごい苛々する」
雷蔵は、三郎の言葉に内心で驚いていた。
彼が、僕たち以外の誰かに対して感情を露にするのを初めて見た。その気持ちを理解できていないからこそ、余計にイラついているのだろう。
「それって、三郎がさんのことを気に入ってるって証拠なんじゃないかな?」
「…………私が?」
雷蔵の発言に、三郎が驚いた表情を浮かべた。
付き合ってる子と別れる事になったときに相手に罵倒されても、そ知らぬ顔でいられるくらいの三郎が、こんな事くらいでイラつくってことは、そうなんだと思う。三郎に限って無自覚なのも、珍しい。
考えてみれば、彼女に会ってから僕たちの間では、ずっと珍しい出来事のオンパレードが起こっている。
「うん。嫉妬って情けないって思うけど、しちゃうもんだからね」
「そ、うか、これが……だから、私は、イラついているのか」
三郎は雷蔵の言葉に、漸く己の感情の意味を自覚したらしい。
変なところで鈍いんだなと思ったが、三郎の人間らしさが見えて、より親近感が沸く。
「うん。でも、あの発言は、本当に傷付くよね。たぶん、勢いで言っちゃったんだと思うけど」
「ああ、そうだよな。あれは、私も、ムカッと来た。明日から、をどう料理してやろうか」
「物騒な事しないでね」
いつもどおりの三郎だ。
理解力の高さと、切り替えの速さは凄いな。
「……兵助と八左ヱ門にも謝ってくる」
三郎が、すくりと立ち上がった。さっきのことを少なからず気にしていたようだ。
「でも、あいつらは、そんなに気にしてないと思うよ? きっと、今頃は二人で色々愚痴りあいしてるんじゃないかな?」
雷蔵がそう告げると、三郎がニヤリと笑みを浮かべた。
「なら、尚更混ぜてもらう! 一緒に、愚痴大会だ!」
「ええー?」
「なんだ、雷蔵。参加しないのか? の話だぞ?」
「う……さ、参加する」
悪巧みな顔が、やけに輝いて見える。
ああ、本当に、いつもの三郎だ。
雷蔵はそう思いながら、立ち上がった。