敵は本能寺にあり!
「ああ、どうしよう、本当にどうしよう」
「さっきから、煩い」
悩んでいる自分に、遠慮のない声が掛かった。
目の前でご飯を食べている利吉くんだ。
朝食の時に土下座までして謝罪したら、なんとか許してもらえたのだが、昼になっても不機嫌なのは直ってないみたいだ。
「ちょっとくらい、相談に乗ってくれてもいいじゃん!」
「なんで、私が? そもそも、そういうのは、自分で考えて答えを出さなきゃ意味がないだろう?」
「そ、そうだけど……分かんなかったんだもん」
昨日の久々知先輩の言葉を、何度も何度も頭の中で響かせて、その理由を捻り出そうと布団の中で寝ずに考えていたのに、それでも、やっぱりよく分からなかった。
いや、自分が悪い事くらい分かっているのだが、項目が多すぎて、どれが先輩の言う悪い事だったのか絞れないのだ。
いっそ、全部くるめて謝ればいいのかとも思うのだが、それ以前に、顔を合わせてくれるだろうかという心配もある。
先輩たちは、練習で日中はいないので、謝るチャンスが宿に戻ってくる晩くらいしかないのも痛い。
伸びれば伸びるほど、余計な事まで考えてしまって、ぐるぐると回って収拾がつかなくなっているのだ。
「そんなに、あいつらと仲良くしたいのか?」
「したいよ! 折角出来た友達なのに! そ、そりゃ、向こうは先輩だけどさ……」
もごもごと告げると、利吉くんが心底呆れた顔をした。
あいつらも苦労するな、とか漏らしていたけど、どういう意味だ。
「悩んでないで、素直に謝ればいいじゃないか。考えるだけ無駄。考えても思考の渦に嵌っていくだけだぞ」
「謝る前に、逃げられたらどうするのよ」
「追いかけて、捕まえれば?」
「……目から鱗だ」
あぁ、そっか。方法はとても簡単だった。そうだよ、逃げたら追いかければいいんだ。
それで、許してもらえるまで謝り倒せばいいんだ。
「当たって砕けたら、骨くらいは拾ってやる」
「喜んでいいのか分からない表現なんだけど!」
もうっ! 折角利吉くんのこと見直しかけたのに、すぐにそうやって落すんだから。
でも、いつも、こういうピンチの時にさり気なく優しいのを知っている。それが、とても嬉しい。
持つべきものは、いとこだな!
「よっし! じゃあ、早速、謝ってくる!」
「今から?」
「善は急げ! っていうでしょう?」
「掃除サボる気か?」
「あ」
すっかり忘れてました。
◇
「よし、今度こそ、行ってきます!」
あれから超特急で掃除を終わらせた。
とはいえ、2時間以上掛かったけど、これでも、自己新記録だ。
早速、スポーツセンターに向けて、足を進めた。
ここからだと十分くらいだろう。けど、待ち受ける坂道が結構きつい。
その中腹で、既に汗だくで言葉も発せない状態になってしまった。
漏れ出るのは、荒い息だけだ。
こんなことなら、素直に晩まで待ってから、謝れば良かったかもしれないと思ったが、しかし、その思考を頭を振って拡散させた。直ぐに謝ると決意をしたばかりなのに、何を弱気な事を言っているのか。これくらい草むしりの時と比べたら……いや、少しきついが、我慢だ。
もう少しすれば、冷房の効いた屋内に辿り着けるのだから。
自分を励ましながら、少しずつ歩んでいくと、大きな建物が視界に映りこんできた。
ゴールは近い。そう思うと、自然と足取りも速くなる。
「後ちょっとで到ちゃー……ぉわ!」
足元の段差に気付かず、そのままひっくり返った。
ベシリと体が地面にぶつかる音が響く。
「い、いた」
咄嗟に顔を庇ったせいで、腕と足を擦り剥いてしまったようだ。
転んだ拍子に脱げたサンダルは、四方に転がっている。
「なんてついてない」
もしかして、これは良くない事があるから向かうなという神の啓示だろうか。
だとしても、は、ここで引き返そうとは思わなかった。ゴールが目の前だったからというのもあるが、ここで挫けたら、この先、先輩たちと一生仲良く出来ないと言われているような気がして、なにくそと思ったのだ。
「負けるもんか!」
これが、天の挑戦だとしたら、俄然やり気が出てきた。
それを利吉が見ていたら、珍しい事もあるもんだ。雨が降るかもしれないな。と言っていたかもしれない。
要は、は負けず嫌いなのだ。
まず、起き上がって土を払った。転がったサンダルを拾い上げ、履き直す。
足と腕は、痛いが暫しの我慢だ。
そうして、は、建物の中に勇み足で入っていったのだった。
エントランスで彼等が練習している施設の場所を確認し、そして、迷子になりつつも何とかそこまでやってきた。その間、広い広すぎるとブツブツ文句を言うのも忘れなかった。
兎も角、敵陣は目の前だ。
この扉を開けて、たのもー! と声を掛けて謝れば終わりだ。
趣旨が変わっていると言われかねない思考を頭の中でシミュレートしながら、扉の取っ手に手を掛けた。
だが、そこでふと我に返り、そのままの状態で一時停止した。
彼らが練習中という事は、必然的に他の生徒もいるという事になる。
ここで私が行き成り大声と共に入ってきたら、注目の的になるのではないか。
そして、更に先輩たちに迷惑を掛ける結果になるのではないか。
駄目だ! そんなことになったら、今度こそ嫌われる!
その事実に気付いた己を褒めながら、慌ててその手を離した。
となれば、直ぐに行動はできない。先輩たちの練習が終わって出てきた頃を見計らって声を掛けた方がいいかもしれない。
「となると、目立たないところで待ってよう」
こんな入り口で立ってたら逆に目立つ。
キョロキョロと辺りを見渡すと、少し離れたところに自販機とベンチが置いてあった。背の高い観葉植物が置いてあるので、あそこなら向こうから見えなさそうだ。
そう思い、は、そちらへ足を向けた。
ついでに、財布を持ってこれば良かったなと思う。
先ほどの道のりで喉がカラカラだったのだ。自販機の前で待つなんて、拷問だったかな。
そう思うがこれ以上の格好の場所はない。我慢だ我慢。
そうして、そこに辿り着いたは、予想外の光景が飛び込んできて、一瞬、全機能を一時停止した。
パチパチと瞬きを繰り返すが、それは消えない。
(な、なんで、鉢屋先輩が!?)
しかも、眠ってるし!!
まさか、目的の人物の一人が、別の場所にいるとは想定していなかった。
どうするべきか。逃げるべきか。声を掛けるべきか。
いや、ここは、まず、作戦を実行すべきだ。
そっと鉢屋先輩の隣に座って、ユニフォームの端を掴んだ。
作戦その1、逃げられないように身柄を確保しておくこと。
これで、相手が目を覚ましても逃げられる心配はない。
実に良くやった自分! と、空いた方の手で小さくガッツポーズをした。
しかし、珍しいものを見てしまった。いや、鉢屋先輩の寝顔を見たのは初めてなので、これが珍しいものの一種なのか分からないが、目を閉じている鉢屋先輩の姿は、なんだか珍しいと思ってしまったのだ。
こんなところで寝てるなんて、疲れているんだろうか。
はっ、もしかして、昨日の喧嘩のせい!? 私が原因!?
これはいの一番に謝らなければ!
よし、先輩が目を覚ましたら、即効でごめんなさい攻撃開始だ!
そう思いながら、鉢屋先輩の目覚めを待った。