無自覚者の自覚症状


「ふわぁぁ、よく寝た」

鉢屋は、パチリと目を開けてそう呟いた。
やはり、休憩時間は誰にも邪魔されずに寝るに限る。

「……ん?」

伸びをしようと思ったが、なぜか右肩が重い。
どういうことだと思いながら、視線を移して、鉢屋の瞳が大きく広がった。

「……?」

まさかと思いたかったが、確かにそこに彼女がいた。
私の体に寄り掛かりながら、すうすうと寝息を立てている。

突然の登場に、鉢屋は眉根を寄せた。

なぜ、ここに彼女が? 何かの理由でここまで来たのだろうか。
何のために? 運動部でもない彼女がここに用事なんてあるわけがない。

まさか、私たちのために?
自意識過剰な答えだが、しかし、思いつくとそれがぴったりと来る答えだった。
現に、彼女は自分の傍にいる。
もしかしたら、私の目が覚めるのを待っていたのかもしれない。そこで、眠ってしまうところが彼女らしい。

(あ、隈がある。寝てないのか?)

覗き込んだ瞼の下にうっすらとついているそれが、彼女を寝不足だと告げている。
もしかして、あれから、彼女は悩んでくれたのだろうか。不謹慎だが、なんだか嬉しく思った。
関係ないと言われたが、きちんと彼女の中に私たちは存在していると暗に言われたような気がしたのだ。

鉢屋は、ニヤ付きそうになる口を何とか押し留めた。
だが、その顔が直ぐに曇る。彼女の腕を視界に入れたからだ。

皮はめくれて、そこからうっすら血が滲んでいる。
こけたのだろうか。私たちにとっては大した傷ではないが、彼女の腕にあると、痛そうに見える。
だったら、先に医務室に行って消毒してから探せば良かったのに。

だが、不思議とそれすらも、自分を喜ばせる材料にしかならなかった。
自分のことよりも、こちらを優先させてくれた彼女が、とても愛おしく思える。

今すぐにでも、抱きしめたい。



「――――え?」

今、過ぎった思考に己が驚いた。


『それって、三郎がさんのことを気に入ってるって証拠なんじゃないかな?』

昨日の雷蔵の言葉が脳裏に浮かんだ。
あぁ、確かに自分でも驚くほど気に入っている。

『嫉妬って情けないって思うけど、やっぱりさ、しちゃうもんだからね』

今まで自分は本気で嫉妬なんてしないものだと思っていたのに、彼女に対しては、してしまった。
それは、私が彼女を気に入ってる証拠で……それは、今まで付き合ってきた彼女たちにはもてなかった感情だ。それは、つまり、私は―― 本気で彼女のことを?

「……うそ、だろ?」

そう呟いて、三郎は己の手で顔を抑えた。


手に伝わる顔の温度がいつもより高いことが、真実だと訴えていた。





三郎自覚編。
080918