目隠しは危険な香り?
「利吉くーん? そこにいるんでしょ? これ外してー」
縁側から声を掛けた。多分、いたのだろう。足音が近づいてくるのが聞こえた。
「大声でどうしたんだ、って、何やってんだ!?」
私の格好に吃驚したみたいだ。うん、その表情が見れないのが残念だ。
「何って、じっちゃんが近所の農家から西瓜貰ってきたらしいから、西瓜割りしようと思って目隠ししたら、取れなくなった」
手ぬぐいが外れないようにきつく縛ったのがいけなかったのだろう。
手ぬぐいをずらす事もできず、結び目を外す事もできなかったので、利吉くんに救援を頼んだというわけだ。
「で? 肝心の西瓜は何処にあるんだ?」
「冷蔵庫の中で私に食べられるのを待っ……いたっ!」
殴られた。こっちが見えなくて避けられないのをいい事に殴るなんて酷い。
「西瓜を用意する前に目隠ししてどうする! そもそも、西瓜割りを一人でやる馬鹿がいるか!」
「予行演習で目隠しだけしてみたんだよ?」
「だったら、本気で縛るな! ほら、後ろ向いて!」
「はーい」
素直に後ろを向いた。けど、どっち向いてるんだと肩を掴んで方向を修正された。
よく考えみれば自分がいまどこを向いてるのかも分かってないんだよね。
「ここが、縁側。ここに腰下ろして」
「はーい……うわとと」
手が空ぶりそうになった。また、利吉くんに位置を修正してもらった。
「……お前は、一体どれだけ結んだんだ」
「え、三重結びくらい?」
「私の目には、五重くらい玉が見えるんだがな?」
おや〜それは奇怪なと呟けば、お前がしたんだろと直ぐに突っ込まれた。
利吉くん、突っ込み度がアップしたんじゃないかな。
「まったく、世話の焼ける……外す時の事を考えて結べ」
「でもさ。よく考えたら、包丁で切った方が均等に食べられるってことに気づいたから、西瓜割りするのは止めた」
「…………」
「いでっ!」
無言で殴られた。絶対この夏で、何個か私の脳細胞は死んでると思うんだ。
利吉くんのせいでバカになったら、責任とって貰うぞ? いや、もうバカだけどさ。それでも、多少は脳みそ入ってるからね?
「あ、いたいた、利吉君」
などと考えていたら、向こうから足音と見知らぬ声が聞こえた。
利吉くんの名前を呼んだので、彼の知り合いだろう。
「あっ……も、もしかして、お邪魔した?」
「違います! 勘違いしないでください、土井先生!」
土井先生? という事は教師?
利吉くんの知り合いと言う事は、伝蔵伯父さんの同僚の人かな。
その前に、この状況をフォローしておこう。このままでは、利吉くんが変態扱いされてしまう。
「土井先生、でしたよね。西瓜割りの予行演習で目隠ししてたら取れなくなっただけですよー?」
「ああ、なるほど。これは失礼したね」
「いえいえ」
あ、何か声質的に若そうだ。そして、いい人そう。
これは、是非とも顔を拝ませてもらいたいものだが、利吉くんの手が離れたから、多分、直ぐには無理だろうな。
「それで、土井先生。どうかされたんですか?」
「いやなに、こっちに用事があってね。利吉くんが戻ってきてるって聞いて、その序でにこっちに顔を出してみたんだよ」
「ということは、父上は家ですか?」
「ああ、邪魔しちゃ悪いだろう? だから、暫くこっちで休憩させてもらえるかな」
「ええ、別に構いませんよ。じゃあ、縁側からですけど、中に入って待っててください。直ぐにお茶の用意しますんで」
「ああ、お構いなく」
そして、二人の会話は終わった。
って、ちょっと待って、私はここに放置ですか!? ずっとここから動くなと?
この暑さの中に放置されるなんて、拷問だ。干乾びたら恨んで出てやる!
「あ、えっと、大丈夫かい?」
「へ?」
あれ、先生まだいたんだ。もう中に入っちゃったのかと思った。
「目隠ししたままいるみたいだから、平気なのかと疑問に思って……」
「全然ちっとも平気じゃないです」
即答すると、苦笑の声が聞こえた。
でも、本当のことだ。このままでは何処にも行き様がない。
身内よりも先生を優先するなんて、利吉くんの中では、私の優先順位は何位に位置づけられているのだろう。悲しくなるので、あんまり考えたくない。
「良かったら、私が外してあげようか?」
「本当ですか!? 助かります!」
やったぁ。これで、自由の身になれる。
私が余程嬉しかったのが可笑しかったのだろう。また笑われた。
「うわ、これはまた、随分な結び方だね」
「すみません……無理ですか?」
「ああ、いや、大丈夫。こういう厄介ごとは、ウチの生徒でいつも慣れてるから」
何処に突っ込んだらいいんだろう。
自分が厄介なことをお願いしたという事か。それとも、生徒で慣れていると言う事に対してか。
「土井先生は、教師なんですよね」
それは置いといて、とりあえず、場繋ぎの話題提供でもしておこう。
「ああ、忍術学園の中等部で教科を担当しているんだ」
「私も忍学の高等部の生徒なんですよ!」
「それは、凄い偶然だね。もしかしたら、学内で会っていたかもな」
「そうかもしれませんね。ってことは、土井先生はやっぱり伝蔵伯父さんと同僚なんですね」
そう告げると、土井先生の手が止まった。
ん? 何か変なこと言ったかな? そう思いながら、軽く首を傾げた。
「伝蔵伯父さん?」
「あ、はい、私、伝蔵伯父さんの姪のと申します」
「君が、山田先生が良く話している姪っこのちゃん!?」
「はい、そうですが」
見知らぬ人にまで名前が広がってるって、伯父さん、一体、どんな話をしたのだろう。
コーヒーに砂糖と間違えて塩を入れたとか、そういう失敗談を話してないだろうか。物凄く恥ずかしいから、身内だけの話にして欲しい。いや、利吉くんにばれると更に白い目で見られるので、出来れば、伯父さんの心の中だけに留めて欲しい。
「そっか、君がちゃんか……なんだ、その、色々と大変だな」
「? ……あ、はい、まあ」
何か物凄い同情を貰ったような気がするが、よく分からないので適当に相槌を打っておいた。
「よし、取れたぞ」
圧迫感がなくなった。緩んだ手ぬぐいに手を掛けて、外す。
うわ、太陽が眩しい! 直ぐに目を細めて、直視を避けた。
光に慣れた頃、漸く目を完全に開くことが出来た。瞬きを繰り返しても光の残像は瞼の裏に残っていない。よし、大丈夫。これで、やっと、土井先生の顔を見てお礼が言える。
そう思いながら、後ろを振り返った。
「ありがとうございました!」
「いいよいいよ、気にしないで」
おお、そこにいたのは、利吉くんに負けず劣らずのいい男さんでした。
しかも、声から想像したとおり、見た目からも優しさが滲み出ている。
女子生徒にモテて困ってる姿が容易に浮かぶ。
「あ、ここじゃ暑いので、中に入ってください」
そう言えば、まだ縁側に立たせたままだった。慌ててそう告げると、お邪魔しますと告げて、先生は靴を脱いで、中に入った。
私は傍にあった座布団を用意して、先生にそこに座って貰った。
あ、上座とか考えてなかったけど、大丈夫だろうか。内心でそう思うが、彼は特別気にしていないようだ。
「お待たせしました」
そうこうしていると、丁度、利吉くんがお盆を持ってやってきた。
そして、その中のものを卓袱台の上に置いた。
「あ、それ、私の西瓜!」
冷蔵庫で冷やして食べようと思っていたものがあったのだ。
「お前のじゃないだろう。それにまだいっぱい残ってるから、食べるなら自分で切って食べればいいじゃないか」
「分かったよーだ。じゃあ、土井先生、ごゆっくり!」
そう告げて、私は、部屋から出て行った。
目指すは西瓜!