君と一緒に里帰り
「天国だ」
ゴロゴロと畳の上で寝転がりながら、そんなことを呟く。
別にここが、実際の天国だというわけではない。天国が和室ってどれだけ日本人贔屓な神様だよって話だ。
話が逸れた。
昨日、団体客が帰ったのだ。先輩たちが名残惜しそうに挨拶したのを、玄関の柱の影で見送った。何で柱の影かって? 他の男バスの人にバレたくないからに決まっているではないか!
そして、その直後に早速先輩たちからメールが来た。しかも、四人同時に受信したので先輩たちは、どれだけ仲が良いんだと思った。
そういう訳で、私も朝から晩まで忙しくする必要がなくなった。
だからこそ、用意された自室で一日中ぐーたらと寝そべって本を読んでいても、咎める人は誰もいなかったのだ。
「だからって、本の虫になれとは誰も言ってないだろ?」
あ、咎める人が一人いた。
私は、本日4冊目になる本から視線を上げて、声をかけてきた人物と目を合わせた。
「利吉くん、乙女の部屋にはノックしなきゃ駄目だよ?」
「3回もしたわ!」
あ、それはまた失礼しました。
きっと本に夢中になってて耳が外界の音を遮断していたんだ。
「そもそも、乙女とか自分で言うなら、ちゃんと鍵を掛けておけ」
「鍵掛けても、利吉くんがスペアキー持ってるから意味ないじゃん」
そう告げると、米神に交差点が出来た。
あ、また怒ってる。最近、利吉くん怒りっぽくなったなぁ。
カルシウム足りないのかな?
「お前は、一から教わらなきゃ学習せんのか?」
「???」
頭にハテナマークを浮かべているのが分かったのか、盛大なため息を貰った。
「そういえば、利吉くん、私になんか用事?」
「……こっちが落ち着いたから、実家に顔を出せと言われたんだ」
「じゃあ、いってらっしゃーい」
私は、この本の続きだ。主人公が、兄と戦うシーンなのだ。主人公は、一体どうするのだろうか。素直に戦って兄を殺してしまうのか。それとも、兄にやられてしまうのか。いや、主人公は死なないのが定番だから、やっぱり、兄を殺すしかないのだろうか。それも、後味悪いな。
「お前も行くんだ」
「へぇ……え? 今なんと言いましたか?」
「だから、お前も行くんだって」
「なんで? 折角なんだから、親子三人で仲良くしてこれば?」
滅多に揃わない親子なのだから、尚更、一緒に過ごした方がいいに決まってる。
私がそこにいたら、物凄くお邪魔虫になるじゃないか。
なぜか、利吉くんは、また盛大なため息を吐いた。
「……行くぞ」
「えー! 今いいところなのに!」
「なら、車の中で読め!」
うーん。仕方ない。おばさんに挨拶してないから、行くか。
ついでに、今読んでる本も鞄につめておこう。
「じゃあ、いきましょーか」
◇
「ちょっと酔った」
助手席のドアを開け、フラフラとした足取りで歩いた。
あまり舗装されていない道を走っていたせいか、すごく車内が揺れていたが、続きを読みたかった私は、その中で必死で文字を追っていた。それが悪かったみたいだ。だが、おかげで、さっきの兄弟対決は、兄が敵に操られていることが判明し、正気をとり戻して仲間になるという結末を知ることが出来たので精神的に気分が良い。だから、根気を出して読んで良かったと言えるのかもしれない。
「車の中で本読む奴がいるか……」
「読めって言ったの、利吉くんじゃんか」
すると、直ぐ後ろから利吉くんの呆れた声が聞こえた。振り返るのも面倒なので、そのまま愚痴愚痴と呟いた。すると、本気で読むと誰が思うかと突込みが入ってきた。ベシリと頭への衝撃も同時に。
「りきちくんのばーか」
気分悪いのに頭を叩くなんて、酷すぎる。正直、苛々したので素直に悪口を口に出してみた。
背後の温度が一気に下がった気がするのは、気のせいか。
……よし、玄関まで走ろう! 気分悪い? そんなの関係ない!
「」
はい、無理でした。がっちり腕を掴まれました。むしろ、捕まりましたの方が表現としては正しいですよね。
振り向きたくないけど、振り向かない事には、会話は出来ない。
覚悟を決めて、恐る恐る顔をそちらへ向けた。
怒りの顔を思い浮かべていたのに、何故か、予想を外して、真剣な顔をした利吉くんがお目見えしてました。物凄く意外だったので、きっと私の顔も吃驚顔だと思う。
「利吉くん?」
「ここから先は戦場だ。覚悟するように」
「へ?」
利吉くん、どうしたんだろうか。どう見ても目の前の建物は、山田家で、利吉くんの実家だ。
戦場って……恐ろしいカラクリ屋敷にでも改築したのだろうか。だとしたら、そんなところに連れて来ないで欲しい。落ち着かないではないか。
「いいか?」
「え? あ、うん」
色々突っ込みたいところだが、利吉くんは真剣だったので、頷いておいた。
中に入ってみれば状況も分かるだろう。それに、命を落すほど危険な事はないと思う。
利吉は、の肯定の言葉を聞いた後、腕を放して先に進んだ。
玄関の扉に手を掛けたところで、も後に続いた。
ガチャリと音を立てて扉を開ける。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
利吉くんに続いて玄関の中へと入った。
玄関から見える範囲では、去年見た構造と何ら変わりはない。罠があるとは思えない。
それとも、見えないような巧妙な仕掛けが隠されているのだろうか。
そう思いながら、靴を脱いで、用意されてあったスリッパに足を通した。
「利吉、を連れて来たか!?」
「父さん、第一声がそれですか……」
すると、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
顔を上げると、覚えのある顔が視界に映る。目が合うと、相手の顔が破顔した。
「、元気だったか!?」
「伯父さん、先月、会ったばっかりだよ?」
伝蔵伯父さんは、私が忍術学園に入学してから、頻繁に顔を出してくれる。
不便はないかとか勉強はどうだとか、友達は出来たかとか。
私のお父さんと大違いだ。だって、我が家の父は、物凄く放任主義だ。
たまーに、学校の話を聞いてくるけど、が楽しければそれでいいさ! って、言ってそれで終わる。
だから、世間の父親は、伯父さんみたいに過保護なのだろうかと思ってしまう。
でも、伯父さんは、利吉くんに過保護ってわけでもない。
だから、私が同じ学内の生徒だから良く声を掛けてくれるのだろうと、結論付けている。
「そうだったか、すまんすまん。ともかく、中に入るといい」
「はーい。お邪魔しまーす」
「そこは、ただいまが良いんだがなぁ」
その言葉に軽く頭を傾げながらも、おば様にも挨拶なくちゃと、後の相手は利吉くんに任せてリビングへ急いだ。