それぞれの思惑


ソファに体を沈めながら、利吉は何度目かのため息を吐いた。

(八つ当たりをしてしまった)

相手にしても仕方ないことだが、それほどまでに鬱憤が溜まっているという事なのだろうか。

けれども、今回の件は、いくらなんでもやりすぎだ。
年の近い男女を一つの部屋に閉じ込めようなんて、何かしろと示唆しているようなものだった。それが、あの親の策略なのだろうが、あからさま過ぎる。何を考えているんだと怒鳴ってやりたくなった。

両親は、私が彼女と別れたのを機会に、早急にとの仲を縮めようとでも思ったのだろう。
その行為自体が、イラつきを増加させる原因になることを両親は分かってやっているのだろうか。
そして、は、全くそのことに気づけていない。それが更に利吉の苛立ちを募らせているのだ。

『別れましょう?』

ふと、彼女の言葉が脳裏に浮かんだ。

別れを告げられたのは、先月の事だった。
順風満帆に交際を進めていたところにあの言葉だ。驚き顔で彼女を見れば、いつもと変わらぬ笑みで言葉を続けた。

『あなたはとてもよく出来た男だったわ。多少、バイト中毒だったけど、私の要求にはきちんと応えてくれた』
『それなら、何故』

すると、その端整な顔に呆れた表情が浮かんだ。

『まさか、無自覚なの?』

言葉の意味が判らず、眉根を寄せる。
益々相手は、呆れ顔になる。ため息まで吐かれた。

『あなたの手帳には何が入っているのかしら?』

その言葉に、表情を強張らせた。
勝手に手帳を見られたことに対する怒りよりも、別の羞恥が沸き起こってくる。

そこに入れてあるのは――幼い頃に撮ったとのツーショット写真だ。

『あれは、父が勝手に持たせたんだ! 私は、要らないといった!』
『なら、捨てちゃえば良かったじゃない』
『っ……それは、』

言葉に詰まった利吉に、相手は肩を竦めた。

『私は、終わりの見えている恋愛なんてしたくないのよ』


何故、あの時、私は反論しなかったのだろう。
まるで、それが答えだと言われた様で――頭から冷水を掛けられた気分だった。

今更、自覚させられて、どうしろというのだ。どうにも出来ない。出来るわけがない。
何の為に、反発していたのか分からない。いや、今だからこそ、反発していた意味すら分かってしまって、何ともいえない気分だった。

それでも、父の思惑通りにはなりたくないと思うのは、反抗心からだろうか。
それとも、誰の手も借りたくないと思うからだろうか。


(どちらにせよ……あいつが帰れば、収まる事だ)

会えるのは今だけだ。休暇が終われば、互いに別の時間が待っている。
この気持ちも何もかも、その内に風化してしまうものなのだから、育てる必要なんてない。

利吉はそう結論付けて、目を閉じた。





「情けないなぁ」

切れた携帯電話を見つめながら、タカ丸は、感想を漏らした。

本当は、電話をかける前から緊張していて、ボタンを押すまでに数十分掛かった。ドキドキと煩く響く鼓動を抑えながら、なんとか発信ボタンを押して相手の声を待ったのだ。

相手の声が聞こえて出てくれたことに物凄くテンションが上がったけど、彼女の普段とは違う沈んだ様子に、こちらの気持ちは自然と落ち着いた。

相手が落ち込んでいるのだ。だから、自分が慰めなくちゃいけないのに、彼女が話してくれた内容のせいか、いつもよりも上手く話せなかった。折角、彼女と話せたというのに、その内容がどんなものだったのかも、あまり頭に残っていない。
その相手が男だったらどうしよう。相手とはどういう関係なんだろう。
そんな思考がぐるぐると回って、聞きたいのに聞き出せなくてヤキモキばかりしていた。
本当に、情けない。

酷く、胸がモヤモヤする。今すぐ飛んでいって抱きしめてしまいたい。
僕が傍にいるから落ち込まないでと、叫んでしまいたい。

でも、出来ない。だって、彼女にとって僕はただのクラスメイトだから。

「自分で思ってて、悲しくなってきた」

意識されていない事なんて、よく分かってる。焦っても仕方ないことだって分かってる。
でも、焦る。取られたくない。

「あー……これって、思ったよりも重症かもしれないなぁ」

始めは、ちょっと好きかもって感じだった。
だって、金髪の僕を見ると大抵の人は、不良か何かと勘違いして、みんな一歩引く。
初対面なら特にだ。彼女も、最初は驚いていた。けど、直ぐに「それ、地毛?」と、物怖じしない様子で話しかけてくれたのだ。
僕は吃驚した。凄いはっきりいう子なんだなって思ったけど、なんだか嬉しかった。この人が、クラスメイトで良かったって思ったんだ。

その後から、僕が怖くない人だって理解されたのか、クラスの子も普通に話しかけてくれるようになったのだ。あれは、彼女なりの配慮だったのかもしれない。

後から彼女にそのことを訊ねると、「え? ただ、素朴な疑問を聞いてみただけだけど?」と、平然と告げられて、色んな意味で大笑いしてしまったのを覚えている。

「やっぱり、最初から好きだったのかも」

うん。そうだ。やたらと構って貰いたくって、携帯番号教えて貰ったり、テスト勉強に誘ったり、色々と近づく為の口実作りに努力していたのだ。その時点で、この気持ちは恋だったのかもしれない。

これだけしても意識されないってのも物凄く悲しいけど、クラスメイトというポジションも案外悪くないものだった。学校がある日は四六時中傍にいられるからだ。

でも、花火大会で彼女の周りにどれだけの敵がいるのか思い知らされて、それで満足してちゃ駄目なんだってことに気づけたのは、良かったのかもしれない。

これからも、毎日、傍にいたい。

そう思えるのは、君一人だけだから。


「よし、僕もこれから頑張ろう!」


気合を入れ直した。





利吉さんフラグは立てないで置こうかと思ったいたんですが、流れで立ててしまいました。
ということで、利吉さん参戦決定。
081112