変わらぬ関係を
「あれ?」
目が覚めたら、見知らぬ場所だった。いや違う。この見覚えのある景色は、民宿の部屋だ。
起き上がると、掛けられていたらしいタオルケットが膝までズレ落ちる。
「私、いつの間に戻ってきたの?」
確か伯父さんの家にいたはずだ。泣きつかれて眠ってしまったはずなのに何故ここにいるのだろうか。
そんな疑問を抱いているとタイミングよく扉が開いた。
そこから現れたのは、利吉くんだった。
「起きたのか」
「う、うん。でも、あの」
「明日帰るんだろ。あんまり遅くまでいるわけにも行かないから、連れて帰ってきた」
状況が分かっていない私に、利吉くんは説明をしてくれた。
なるほど、私はここに来るまで全く目を覚まさなかったのか。自分でも大した神経をしているなと思った。
「ありがとう……お、重かったよね」
寝ている人間を運ぶのは重いと誰かに聞いたことがある。さぞや、大変だった事だろう。
「ああ、腕が抜けるかと思った」
「うう、ごめんなさい」
事実だと分かっていても、はっきり言われると凹む。
というか、私、以前に鉢屋先輩にも運んでもらった事があった。あの時のことも謝っておいた方がいいよね。後で、メールしておこう。腕が故障したら責任取りますって。
すると、利吉くんの軽い笑い声が耳に届いた。
それに気づいて、私は顔を上げる。
「嘘だよ。そんなに重かったら、捨ててたさ」
「えー……」
それ全くフォローにも何にもなってないじゃないか! 乙女は繊細なんだぞ!
(……って、あれ? 普通に喋ってる)
気づいてみれば、あの気まずさは既にどこかに消えてしまっていた。
いつもと同じようなやり取りが交わされている事に気づき、自然と心が軽くなる。
「?」
「え、ううん、なんでもない!」
やばい。嬉しくてニヤけてくる。それじゃあ、ただの怪しい人だ。
必死で顔の筋肉を固定させた。
「……そうだ。明日、私も帰ることにしたから、ついでに送ってやるよ」
「へ? 車で? それだと遠回りにならない?」
じっちゃんちが左端にあるとして、私の家が右端にあるとする。
利吉くんの住んでいる家は、私の家より左側にある。私を送るとなると、一旦右端まで来て、また来た道を戻らなくちゃいけなくなるのだ。
ちゃんと帰りの電車賃も貰ってきたので、一人で帰宅する事は出来る。
「じゃあ、コーヒーでも奢ってくれればいいよ」
「それじゃあ割に合わないよ」
「いいんだよ。たまには、好意に甘えろ」
利吉くん、熱でも出たんですか。
思わず、そんなことを口走りそうになって慌てて飲み込んだ。
折角仲直りできたのに、また亀裂を走らせるような行為をしてなるものか。
それに、一人で電車で帰るなら、利吉くんと話をしながら帰ったほうが時間が過ぎるのも早く感じられるかもしれない。
実は昨日のこともあるから、このまま分かれるのがちょっと寂しかったのもある。こういうところが子どもっぽいっていわれるのかなぁ。
けれども、私は、素直に頷いた。
利吉くんは、その頭をぐりぐりと撫でてくる。そう言えば、人の頭を撫でるのが好きな人が多いんだよね。そんなに撫でたくなるような素敵な頭になった覚えはないんだけど……。まあ、嫌じゃないから、良しとしよう。
◇
「うわ、あっつー!」
翌日、じっちゃんらと別れの挨拶をして、私は利吉くんの車に乗った。
そして、休憩の為にサービスエリアに寄ったところだったのだが、冷房の効いていた車内とは違って、外はムッとした暑さを放っていた。
うへぇと嫌な顔をしながらも、私は目的でもある『利吉くんにコーヒーを奢る』ために、自販機へ足を進めた。
小銭を入れて、利吉くんの好きそうな銘柄のコーヒーを選んでボタンを押した。ガコンと音がして、排出口に缶が落ちる。それを受け取り、立ち上がった。
「ついでだから、自分のも何か買っておこうっと」
呟きながら、自販機の中に並んでいる飲み物に視線を送った。
どれにしようかな、無難にお茶でもいいし、オレンジジュースも捨てがたい。
悩んでいる時だった。
「ちゃーーん!!」
「どわっ!」
行き成り背後からタックルされた。全く予想しなかった攻撃に、その勢いのまま自販機に突っ込んだ。ゴンと鈍い音が響く。
「い、いたい。頭打った」
もちろん、その音を発したのは、己の頭からだ。同時に痛みがジンジンと伝わってくる。涙目になりながら打ったおでこを撫でた。
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるのか、これが!!」
未だに抱きついている相手を睨みつけた。
けど、視界に映った意外な人物に目を見開いた。
「……な、七松先輩?」
ジャージを着た七松先輩が、そこにいた。
私の呼びかけに、いつもと同じように笑みを浮かべかえされた。
「こんな所でちゃんに会えるなんて、運命感じちゃうな!」
「それは良かったですね。それよりも、まず謝ってください」
この腫れは、先輩が抱きついてきたせいなんですよ!
自分のおでこを指差しながら怒った口調で告げると、先輩は、漸く私のおでこの状態に気付いたのか、驚いた表情を浮かべた。
「……ごめん」
すると、途端にシュンとした様子で謝られた。意外すぎたので思わずこちらも慌てて、気にしないでくださいと首を横に振った。すると、直ぐにいつもの明るい笑みに変わった。切り替え早い先輩だな。心の中で突っ込んでおいた。
「それよりも、先輩はどうしてこんな所にいるんですか?」
何となく予想は付いているけど、あんまり的中して欲しくはない。
でも、聞くのが礼儀とも思ったので一応聞いておいた。
「試合に行く途中なんだ! あ、バレー部のね」
「やっぱり、そうですか」
予想通りの答え有難う御座いました。
バレー部ということは、漏れなく奴もいるわけですよね。
「小平太先輩! 何やってるんですか、先輩が来ないとバスが出せません! って、?」
嗚呼、本当に予想を外さないやつだ。
私は驚き顔を浮かべる相手に笑みをくれてやった。もちろん、引き攣った笑みだ。
「おひさー、滝夜叉丸」
「本当に、なのか。こんな所で会うとは奇遇だな」
「うん、嬉しくない偶然だよねー。それよりも、これを回収して」
失礼な返答をしながらも、私は、滝夜叉丸に自分の体に纏わりついている人物を指差した。
それとはもちろん、先輩の事だ。
いい加減、暑苦しい。ただでさえ先輩は暑苦しいのに、余計に暑苦しい。
滝夜叉丸は、私の言葉に呆れた表情を浮かべた。それはこっちがしたいよ。
「先輩、離してあげてください」
「やだ!」
「やだじゃありません。早くしないと試合に遅れて、負けてしまいますよ」
「うん? それは、嫌だな! よっし、心惜しいが、いくぞ!」
「はいはい」
流石、後輩。先輩の扱いに慣れている。部活中の滝夜叉丸は、普段と比べ物にならないくらいの自重っぷりだ。これを、普段も生かしてくれれば、ものすごくいい友達なのになぁ。
そんな感想を漏らしていると、滝夜叉丸が自分を呼んだので視線をそちらへ向けた。
「色々話したい事はあるが、時間がないのが惜しいな」
「ほーい、試合頑張ってね〜」
話さなくていいから。心の中で突っ込みながら、とりあえず応援の言葉を伝えると、なんでかすっごい吃驚した顔をされた。私も、応援する気持ちくらいは持ってるよ!
「ありがとう。また学校でな!」
そう告げて、滝夜叉丸は華麗に去っていった。本当に、あいつは要らないところで一々格好付ける奴だ。
「もう、お茶でいいや」
考えるのも面倒になった私は、目に付いたいつも飲んでいるお茶を購入した。
物凄く疲れた状態で戻った私に、利吉くんが不思議そうな顔をしていたのは言うまでもない。
◇
「ついた」
と言う事で、あれから何事もなく、無事に家に辿り着いた。けれども、相変わらず外は、暑い。早くクーラーの効いた屋内に入りたい。
「利吉くん、本当に有難う」
その前に、ここまで運んでくれた彼にお礼を言うのが先だった。
降りる前に振り返り、利吉くんに笑顔でお礼の言葉を告げると、相手も同じように笑みを浮かべてどういたしましてと返してくれた。
「あ、お母さんたちに挨拶していく?」
多分、二人も旅行から戻ってきてると思うし。
そう告げると、また今度にするよと返されたので、疲れてるのかもしれないと思い無理強いはしなかった。
去っていく車が遠くなるまで、見送った後、は、玄関の扉を開けた。
ただいま!
[田舎編2END]