雨、二人きり


「おじゃましまーす」

先輩の住んでいる家まで辿り着いた。外見からして結構大きな家だ。先輩は実はいいとこのお坊ちゃまなのかもと思いながらも、中にお邪魔した。

「とりあえず、タオル持ってくるから、そこに入って待ってて」
「あ、はい」

言われた言葉に返事をして、玄関口に突っ立っていた私は、靴を脱いで踏み入れた。そして、廊下を歩いて、先ほど先輩が指さした部屋の扉を開ける。中はリビングだった。とてもシンプルな造りだが、広い。リビングだけで何畳あるんだろうと考えて、家と比較したら虚しくなるので、やめた。

「あ、やば」

ポタリと髪から雫が落ちて床を濡らした。
走ってここまで辿り着いたけれども、土砂降りの雨だったので、結局濡れてしまったのだ。

これ以上動いたら余計に床を濡らしてしまうかもしれない。そう思うと、金縛りのように動けなかった。その間に、雫は床に落ちていく。

すると、バサリと頭に何かを被せられた。
行き成りの事でビクリと肩を震わせると、直ぐ傍から声が聞こえた。

「あ、ごめん。タオルで頭拭いて」
「あ、はい。ありがとうございます」

久々知先輩の仕業だったのかと思いながら、視界を遮ったタオルを手で掴んで頭から外した。すると、目の前に先輩の姿が映った。上半身裸だった。一瞬吃驚したけど、先輩も濡れていたので、上だけ脱いだのだろう。

(思ったよりも鍛えてるんだなぁ)

細いイメージがあったから、余計に意外だった。先輩は着やせするタイプなのか。
見つめていると、先輩の頬が少し赤く染まった。

「そんなに見つめられると照れるんだけど……」
「へ!? あ、すみません!」

慌てて、視線を逸らした。考えてみれば男の裸を遠慮なくじろじろ見るなんて、失礼にも程がある。いや、利吉くんのときもジロジロ見たけど、彼は、頬を染めなかったので気づかなかった。
そうか、一般男性の裸をじろじろ見るのは、はしたないのか。覚えておこう。

ポタリと雫がまた落ちた音が響いた。
そういえば、自分も濡れた状態だったのだ。慌てて、借りたタオルで頭を拭いた。
スカートは、薄い素材なので直ぐに乾きそうだけど、上は、濡れて体に貼り付いている。生温い感触が気持ち悪い。胸の当たりを引っ張って剥がしてみた。びちゃっと嫌な音が響く。

「うわ!」

すると、行き成り驚きの声が聞こえてきたので、服を掴んでいた手を離して視線を先輩に向けた。先輩の顔がさっきよりも赤くなっていた。どうしたのだろうと首を傾げてみた。

「み、見てないから!」
「見て?」

何のことだろう。必死で目を背ける先輩に、私は更に首を傾げる。

「そ、そうだ。何か着替え持ってくる!」

そう告げて、俊足でその場を去っていった。
結局、答えはもらえなかった。さっぱり意味不明だ。


けど、先輩は直ぐに戻ってきた。手に何か持ってる。それをこちらに差し出してきた。顔は未だにあらぬ方向に向けられている。

「先輩?」
「き、着替え! 俺の部屋着で大きいだろうけど、ズボンはヒモで調整できるから! 風呂場で着替えてきて! 濡れた服は乾燥機に突っ込んでおいて! 場所は、リビング出て右奥の突き当たりにあるから! あ! 風呂も沸かした方がいい!?」
「い、いいえ、着替えるだけで結構ですから!」

先輩の慌てっぷりにこっちも動揺してしまい思わず早口で言葉を返してしまった。要約すると、濡れた服のままだと困るので、着替えを用意したからお風呂場で着替えろということなのだろう。

は、素直にそれを受け取って、お風呂場へ向かった。このままだと勉強を教えてもらえることもできないし、何より、風邪を引いたら元も子もなかったからだ。



「……大きいです」

着替えてリビングに戻った。しかし、思ったとおり、借りた服は大きかった。
ウエストは、ゴムの上に紐で調整できたのでズレ落ちる事はなかったが、裾を何重にも折らないと、足が出てこなかった。

それでも、まだ大きい。自分の身長はそんなに低いのかと思うと、軽く凹みそうだ。

私が着替えている間に先輩も着替えたらしい。さっきと服装が変わっている。そんな先輩は、こちらに視線を向けた後、何故かじっと見つめたままだった。
けど、直ぐに笑顔に変わった。

「なんか、いいな」
「はい?」
「うん、なんかいい」

訝しげな表情を浮かべるこちらと違って、先輩は、至極笑顔だ。
なんか、物凄くその視線が憎たらしくて、悔しい! 私は、小さくなんてないんだから!

ムッとした表情を浮かべていると、先輩はこちらに近づいてきて、軽く頭を撫でた。
まだ笑顔だ。

「何か飲む? オレンジ? 炭酸? コーヒーもあるけど」
「……オレンジでいいです」

怒ってるこっちが馬鹿らしくなる笑顔だ。私は、諦めて、先輩の言葉に返答した。





「――で、ここに、Xを代入して」
「おぉ、なるほど」

そして、あれから、目的でもある勉強を開始した。
先輩の教え方は物凄くうまい。こっちが分からないところをすぐに察して、分かりやすく教えてくれる。おかげで、空欄が段々埋まっていく。

先輩は、神様だ!
今なら、後光が見えるのではないかと思う。

「そう言えば、先輩は、宿題しなくていいんですか?」
「あ、うん。あとちょっとだけだし、それに、の方が大変そうだから、気にしないで」
「先輩って、面倒見いいですよねぇ」

はぁと感嘆のため息を吐いた。こういう先輩が身近にいる私は幸せものかもしれない。

「そう? 多分、相手だからだと思うけど」
「私だからですか?」
「うん」

先輩は、嬉しそうに笑った。先輩の目には、私はそんなにも頼りなく映っているのだろうか。
喜んでいいことなのか分からず、心中は複雑だ。

「あ、そうだ。もう服乾いてると思うから、着替える?」
「そうですね。流石にずっと着ている訳にもいきませんし」

これ、先輩の部屋着だし、この状態で家を出たら変な目で見られるに違いない。

「名残惜しいけど」
「惜しまないでください」

私は自分の丈に合った服を着ていたいです。こんな身長差を自覚させられるような大きな服はもう二度と着たくありません。
半眼して告げると、先輩は頬を少し赤らめて苦笑いを浮かべた後、腰を上げた。

ピーンポーン

それと同時に、家のチャイムが鳴り響いた。

「誰だろ?」
「セールスじゃないですか?」
「とりあえず、出てくるからちょっと待ってて」
「はい」

返事をして、先輩が出て行くのを見送った後、私は、勉強の続きをする為に教材に視線を落とした。





次回の展開が簡単に読めますね(苦笑)
090131