男はみんな狼です
「あれ? どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ、今日おまえん家で勉強会するって言ってたじゃねぇか!」
「あ、忘れてた」
「忘れんなー! 道理でこねぇと思った!」
「悪い。本気で迎えに行くの忘れてた」
「それ、反省してねぇだろ! 雨の中傘差して待ってた俺らの身にもなれ!」
「まぁまぁ、八左ヱ門。ちゃんと兵助は家に居たんだから、いいじゃない」
「私は喉が渇いた。兵助、なんか飲み物貰っていい?」
「うん、冷蔵庫に入ってるから勝手に取って」
リビングから聞こえてくる声に、シャーペンを動かしていた手を止めて顔を上げた。
さっきの声は、先輩たちだ。久しぶりの再会だと思うと、自然と笑みが浮かぶ。
足音が近づいてきたと思ったら、扉が開いた。
開いたそこから見覚えのある顔が見える。鉢屋先輩だ。目が合ったので、笑みを浮かべたら、先輩の瞳は、珍しく驚きに見開かれていた。
ここに私がいるのがそんなにおかしかったのだろうか。
「……?」
「はい。鉢屋先輩、お久しぶりです」
そう告げると、先輩の顔が何故か凶悪なものに変わった。
どうかしたのかと驚くのも束の間、彼はくるりと振り返った。
「兵助、成敗してやるっ!!」
「え、何!?」
「三郎、行き成りどうしたんだよ!? 落ち着きなよ!」
「これが落ち着いていられるかー!」
なぜか先輩たちが修羅場っています。久々知先輩が迎えにいく約束を忘れた事を、今になって腹が立ったのだろうか。物凄い時間差だ。
すると、今度は、竹谷先輩と目が合った。またしても、先輩の目が大きく見開いた。そんなに私がここにいるのが意外なのだろうか。
すると、先輩の顔が見る間に歪んだ。と思ったら、勢いよくこちらに近寄ってきた。
「うぉっ!?」
そうしたら、思い切り抱きつかれた。その勢いで、先輩諸共後ろに倒れこむが、先輩が背を支えてくれているので頭を打つことだけは免れたようだ。しかし、行き成りの抱擁に驚いて変な声が漏れてしまった。女の子らしい声じゃなかったので、出来ればカットしたい。
「が、穢されたぁぁぁぁ!!」
「はい!?」
け、穢された? え、何に? いや、雨に濡れたけど、それって穢されるって意味じゃないよね。
「安心しろ! 俺が全て忘れさせてやる!」
「え、ちょ、竹谷先輩!?」
何ですかその手は!? 何か変なもの食べたんですか!? それとも酔ってるんですか!? 未成年の飲酒は法的に禁止されてるんですよ!!
「大丈夫だ、優しくす……いてぇ!!」
「何やってるんだ!」
バコッと何かがぶつかる音が響いた。同時に竹谷先輩の腕が緩んだ。痛そうに頭を抑えている。
何があったのかと視線を上げると、そこには鞄を持った不破先輩が立っていた。
もしかして、さっきの音は、あの鞄の角で殴った音だろうか。想像するだけで痛そうで眉間に皺が寄った。
「さん、大丈夫?」
「あ、はぁ」
不破先輩の手を取って、竹谷先輩の下から避難した。何がなんだかよく分からないが、とりあえず助かったというべきだろう。
「それより、どうして、兵助の服を着てるの?」
「え? あ、これですか? ここに来る途中に雨に濡れてしまったので、お借りしてるんですけど?」
「あめ……そっか、雨か。うん、良かったぁ」
不破先輩は私の言葉に、安心したように息を吐いた。
私としては、雨に濡れてしまった事は物凄く不本意なのですが、なぜ、先輩は安心されているのでしょうか。
「それで、どうして、兵助の家にいるの?」
「あ、夏休みの宿題で分からないところがありまして、教えてもらいに来ました」
ちょっと気恥ずかしかったので、指で頬を掻きながらそう告げた。
「、どうして、私に連絡しない!」
「五十音順のアドレスで、久々知先輩が一番最初にあったからですよ?」
「兵助、今すぐ私の苗字と代われー!」
何か気に障ることをいってしまったのだろうか。鉢屋先輩は、悔しそうにそう叫んだ。
「、服着替えるんだろう?」
「あ、そうでした」
久々知先輩の言葉に、目的を思い出した。
いつの間にか先輩は、私の服を手にして立っていた。それを受け取る。ちゃんと乾いているみたいだ。乾燥機があるなんて羨ましいなぁ。うちも導入してくれないかな。
「こっちの服は、どうしたらいいですか?」
いま自分が着ている先輩の服に視線を落としてから、訊ねた。
「じゃあ、洗濯機に突っ込んでおいて」
「はーい」
「待て、その前に俺に貸してくれ」
復活したらしい竹谷先輩がそう声をかけてきた。
その言葉に、私を眉根を寄せた。久々知先輩も同じように眉根を寄せている。
「八左ヱ門の変態!!」
「な、べ、別にちょっとくらいいいじゃねぇかよ!」
「良くないよ!」
不破先輩が顔を赤くして怒鳴った。先輩の怒鳴り声も珍しい。
しかし、何故、久々知先輩の服を欲しがるのだろうか。これは、そんなに珍しいブランド物なのだろうか。そんなものを貸してもらったのかと思うと今すぐにでも脱ぎたい。
「、気にせずに着替えてきて。服は、必ず洗濯機に突っ込んでおく事」
「ん? はい、分かりました」
強い口調で言われたので、不思議に思いながらも私は頷いた。