本人不在の恋バナ
「…………」
「、どうしたの?」
鐘が鳴り、さあ昼食だと教室がざわめき始めた中、鞄を開けたまま固まっている彼女の姿が視界に入った私は、首を傾げて問いかけた。
すると、は錆付いた人形みたいに、ギギと首だけをこちらに向けた。顔はこの世の終わりみたいになっている。
「花乃子さん、怪奇事件ですぞ! お弁当箱が消えておりまっす!」
「それは、家に忘れてきたっていうのよ?」
どうにも表現がひねくれてる彼女は、たぶん、素で発言しているのだから、なんというか流石だとしか言い様がない。
「さっさと、食堂に行ってきなさいな」
「うー、懐が寂しい時期に、なんていう不運」
彼女は、ぶちぶちと文句を言いながら、開けたままの鞄から財布を取り出した。
そして、縋るようにこちらを見る。
「ねぇ、花乃子も食堂行かない?」
「私は弁当あるから無理。ついでに、他の子もみーんなお弁当よ」
「……ううう」
本気で凹み始めた彼女に、私は呆れた表情を浮かべて、視線を反対側へと向けた。
「タカ丸さんは、今日も食堂ですよね?」
丁度、教科書を仕舞い立ち上がろうとしていたタカ丸が、その声に顔をこちらに向けた。
「え、うん、そうだけど?」
「じゃあ、ついでにこの子連れて行ってください」
「え? でも、ちゃんっていつもお弁当じゃなかった?」
「忘れてきたんですよ。だから、一緒に食べてあげてください」
「そーなんだー、じゃあ、ちゃん、一緒にいこっか?」
タカ丸さんが嬉しそうにに声をかけると、先ほどまで凹んでいた彼女が、顔を上げた。
若干だけだが、嬉しそうだ。
「一緒に食べていいの?」
「もちろん! 僕で良ければ!」
「じゃあ、行く」
「行ってきまーす」
タカ丸さんは私たちに明るく告げたので、行ってらっしゃいと言葉を返した。
「……ちゃんの鈍感ぷりって凄いわ」
「だよね、クラス中がタカ丸さんの気持ちに気づいてるって言うのに、ね?」
「そうね、可哀想になるくらいよね」
二人を見送った後、他の友人たちとお弁当をつつきながら、そんな話題で盛り上がった。
普段は、がいるので別の会話を交わすのだが、本人がいないので、それを咎めるものもいない。
「折角、夏休みの花火大会でセッティングしてあげたのに、あんまり意味なかったみたいだもんなぁ」
「むしろ、タカ丸さんの熱を上げただけじゃない?」
悔しそうに告げる中、私は、呆れた声をあげた。
夏休み前といまじゃ、タカ丸さんの視線が全く違う。あれは、ちゃんとした男の目だ。
「あの二人、くっつくかな? くっついたら、今度こそ、彼氏と一緒にダブルデートもいいかも!」
「あ、でも、夏休みの時にバスケ部の先輩たちと仲良くなったみたいなんだよねー」
「えぇ!? 初耳!」
「……で、そのバスケ部の先輩って、どういう連中?」
あまり人の恋路について楽しげに話すなと忠告しようと思った花乃子だったが、その話に思わず食いついてしまった。
だって、本当に気になるのよ。
「んーとねー、ファンクラブが出来るほど凄い人たちだよ、ちなみに四人」
「ってことは、イケメン? うわー、ちゃんってば、すっごい!」
「うわぁ、厄介そう」
その言葉に、私は眉根を寄せた。ファンクラブ有りの男って、どれだけ大物釣り上げてきたのよ、あの子は。
「じゃあ、ますます、誰とくっつくか分からなくなってきたね!」
「いっそ、賭ける?」
楽しげに話す二人に、私は首を横に振った。
「勝負にならないわよ」
あの鈍感娘に彼氏が出来るのは嬉しいが、彼女の心を揺り動かす大きな出来事でも起きない限り、起こり得ないだろう。
彼女たちもそれが分かったのか、皆で顔を合わせて苦笑いを浮かべた。