無意識ほど恐ろしいものはない


食堂のおばちゃんのご飯は大好きだ。とても美味しくて、何倍でもいけそうなほどだ。
だからと言って、毎日、食堂で昼食をとるわけにもいかない。何のために、母親が毎日お弁当を作ってくれるのか、知らないほど馬鹿ではない。なので、食堂に行くのは、月に数回と決めている。

けど、今日は、その食堂デーではない。不覚にもお弁当を忘れて来てしまったので、仕方なく食堂でご飯を食べる羽目になってしまったのだ。いつもなら嬉しいけれど今日は自腹なので心中は複雑です。

ちゃんは、何食べる?」
「んー、日替わり定食にする」

お値段も手ごろで、量もそれなりに入っている。
うん、まさに育ち盛りの自分にはもってこいの定食だ。

「じゃあ、僕もそれにしよー」

隣で楽しげにしているのは、クラスメイトのタカ丸だ。
彼はいつも食堂を利用しているらしい。毎日食堂を利用できるほどにリッチなのかと思うと羨ましい。いや、僻みではない。これは僻みではない。

なぜ彼と食堂に来ているかというと、友達が皆お弁当だったので誰も来てくれなかったのだ。食堂は席数も多いわけではないので、お弁当の場合は、使用しないのがマナーなのだ。
だから、タカ丸と一緒に食事をすることになった。
一人で食事をするくらいならばそっちの方がいいとは思ったので、素直に了承したと言うわけだ。

「おばちゃん、日替わり定食2つ!」
「はいはい」

中から顔を出したおばちゃんは、こちらを見て少し驚いた表情を浮かべた。

「あら、タカ丸くん。今日は彼女と一緒なの?」
「えへへー」
「違います」
「えー!? 即答しないでよぉ!」

照れくさそうに頭に手をやったタカ丸とは正反対に、無表情且つはっきりとした口調で否定の言葉をおばちゃんに向かって吐いた。すると、タカ丸が眉尻を下げて悲しげに文句を言ってくる。

「仲が良いのねぇ。はい、日替わり定食、二つ」
「ありがとうございます」

タカ丸と仲がいいのは間違っていないので、訂正はしないでおいてやろう。
私は、食堂のおばちゃんにお礼の言葉を告げて、自分の分のお盆を手にした。

「タカ丸、めそめそしてないで、行くよー」
「あ、待ってぇ!」



ちゃん、酷いよ。そりゃ、僕は、彼氏なんかじゃないけどぉ……でも、僕にもプライドってものがあってぇ……」

席について、ご飯を食べ始めてたのが、まだタカ丸は先ほどのことでいじけているようだった。ここまで来ると、ちょっと煩い。

「タカ丸くん、もうちょっと静かに食べたまえ!」
「うー」

大佐っぽい口調でそう告げると、余計に拗ねられた。逆効果だったようだ。
折角のランチタイムなんだから、もうちょっと楽しそうにすればいいのに、そんなに否定されたのが嫌だったのかな。でも、本当に彼氏じゃないんだから、否定しても問題ないじゃないか。一体、何をそんなに拗ねてるのか。

「もう、仕方ないなぁ……はい、タカ丸。あーん」
「え?」

私は、小鉢の中にあるかぼちゃ煮を箸で摘み、それをタカ丸に向けて差し出した。

「さっきのお詫びに一個あげる。それとも、かぼちゃ嫌いだっけ?」
「ううん! いただきまーす!」

そのかぼちゃは、あーんと開けたタカ丸の口の中に入っていった。
嬉しそうにもぐもぐと食べている。

機嫌は直ったようだ。かぼちゃ一つで、なんともお手軽な男だ。それとも、そんなにかぼちゃが好きだったのだろうか。よし、今度からタカ丸の機嫌が悪いときは、カボチャ作戦で行こう!


「先輩、そういう恥ずかしい事は、他所でやってくれませんか?」

すると、聞き覚えのない声が、こちらに聞こえてきた。
視線を向けると、不機嫌な顔で頬を少し染めたままの男の子がそこに立っていた。手にお盆を持っているので、丁度、食事に来たのだろうか。
けど、見覚えのない子だ。先輩と言っていたので、中等部の子なのだろう。

「あ、三郎次くん!」

すると、タカ丸がその子に顔を向けて、名前を呼んだ。
ということは、この緑髪の男の子は三郎次という名前で、タカ丸の知り合いなのかだろうか。

「知り合い?」
「うん! 火薬委員の後輩なんだよ〜」
「ふぅん」

何をやってるのかよく分からないけど、詳しく聞かないほうが身のためだと思ったあの火薬委員会ね。

「物凄く興味ないって顔した」
「気のせい気のせい」
「……じゃあ、俺、待たせてるんで」
「あ、ちょっと待って、自己紹介だけしてってよ〜」

去ろうとした三郎次君をタカ丸が引きとめた。あ、物凄く面倒くさそうな顔した。
それなら、最初から声を掛けなきゃいいのに。それとも、そんなにさっきの光景は見苦しかったのだろうか。あんなの友達同士ではよくやる事だと思うんだけどなぁ。食堂では、やっちゃ駄目なのかな?

「……中等部二年一組の池田三郎次です」
「あ、高等部一年三組のです、よろしく!」

彼の自己紹介に、私も慌てて自己紹介の言葉を述べた。
こういうのは第一印象が大事なので、笑顔を浮かべておく事も忘れない。
すると、なんか思いっきり眉間に皺を寄せられた。あれ、嫌われたかな。

「あー、三郎次くん照れてるぅ」
「照れてません! タカ丸さん、からかわないでください!」

にへらと笑ったタカ丸に、三郎次君は顔を赤くして怒鳴った。そんな風に怒ったら、余計に誤解されると思うんだけどな。

「もう行きますからね! タカ丸さんもいちゃつくなら、場所をわきまえてください!」

最後にそう捨て台詞を吐いて、彼は、さっさと向こうに行ってしまった。



しかし、イチャつくって、誰が誰と……?

私は、そんな疑問符を浮かべながらも、残りの休み時間が惜しいので、食事の箸を進めた。





伊助とどっちにするか悩んだ末の三郎次。でも、二年生は思ったよりも難しいです。
090802





[オマケ]


「三郎次、顔赤いけど、どうしたんだ?」
「なんでもないよ!」
「熱あるなら、言えよ? 保健室連れてくから」
「平気だってば!」
「ごめん、授業が長引いちゃって……って、三郎次君、何かあったの?」
「なんでもないから、気にするな!」
「???」