園芸部だって、
地味に活動してるんです


「綾部、チャオ!」

園芸部の部室の扉を開けると、中にいた人物が顔をあげた。

、ちゃおー」

物凄く棒読み臭いが、まあいい。
むしろ、これが綾部喜八郎という男の素なのかもしれない。

「これ、この間、持ってくるの忘れてた園芸部へのお土産。いる?」
「いる」

無難に日持ちしそうなお煎餅を選んでみました。利吉くんにチョイスが渋すぎると突っ込まれたけど、綾部は別に嫌そうにしてないからいいと思う。というか早速開けて食べ始めている。バリバリと小気味のいい音が室内に響いた。


「そう言えば、今日の集まりって何かな?」
「……ふぇんふぇーから、はふはった(先生から預かった)」
「食べてから話しなさいな」

煎餅を口に入れたまま話す綾部に呆れた表情を浮かべながらも、私は、その紙を受け取った。

「……当番表?」

園芸部なので放課後の水遣りは必須だ。だから、当番表があるのは分かるが、園芸部の部員は私と綾部の二名しかいないので、当番表を作る意味などないのだが、決まりは決まりなので一応ある。
けれども、それは、いつもの当番表と違っていた。
手渡された当番表には、知らない名前が羅列しているのだ。

「この人らは、誰?」

もしかして、途中入部してくれた人だろうか。そんなの全く聞いてないぞ。
そもそも、入ってくるなら自己紹介くらいしてくださいという話だ。

「ひはーはーひ(しらーなーい)」
「だから、煎餅咥えたまま話すなっちゅーてるのに!」
がくれた煎餅を味わってただけなのにー……」

しょんぼりとしてるのか分かんないけど、煎餅をパキリと折りながら、視線を落とした。
あぁ、もう、扱いにくい男だな!

「はいはい、ありがとう、ありがとう」

そう告げて、投げやりに頭を撫でてやった。

「…………」

若干だけ嬉しそうな表情になった、様な気がする。
もうちょっと綾部は顔にも表情が出るようになってくれないかな。分かり辛い。


コンコン

すると、誰かが扉を叩く音が聞こえた。誰だろう。松千代先生だったら、ノックするはずもない。しかし、こんな小さな園芸部に誰がどんな用事があるというのだろう。
そんなことを考えていると、またドアを叩く音が聞こえてきた。綾部は出る気がないようだったので、私は慌てて扉を開けた。

「はい、なんでしょうか?」
「あ、良かった。いないのかと思っちゃった」

知らない人がおりました。
ちょっと人の良さそうな顔立ちで、髪は茶色っぽくて柔らかそうだ。ジャージの色が深緑なので、三年生で間違いないだろう。

「あ、初めまして、僕は三年三組の善法寺伊作と申します」
「あ、どうも、一年三組のです」
「じゃあ、君が園芸部の部長さんなんだね」
「え?」

私、いつのまに部長さんになったの? いや、部員二名しかいないから、必然的にどっちかになるのは分かる。綾部が立候補するはずもないし、そもそも、何かあれば率先して動いているのは、私だ。ということは、私が部長で、いいのだろうか?
なんか、すっごく癪な気分になるんだけど。

「あれ? 違った? おかしいなー、松千代先生からはそう聞いてきたんだけど……」
「あー、先生がそういうなら、多分、私が部長だと思います」

先生、強制決定してたの!?
そういうことは、恥ずかしくても本人には伝えておいて貰わないと困ります。

「じゃあ、とりあえず、入っていいかな?」
「あ、はい」
「ほら、皆も入って」

その言葉に、そこでようやく彼の後ろに人がいることに気づいた。
ぞろぞろと四人もいました。水色と青と黄緑のなんとも明るい色合いのジャージを来た子達だ。高等部にはない色なので、中等部の子だろう。わざわざ高等部の部室棟まで来るとは、何事だ。

「自己紹介からしておいた方がいいよね」

すると、善法寺先輩が、笑みを浮かべてまず隣の子に視線を向けた。

「私は、一年三組の猪名寺乱太郎です!」
「一年三組? ということは、伝蔵伯父さんの生徒?」
「伯父さん!?」

私が尋ねると、乱太郎という子は驚いた声を発した。
あ、そっか、これ知らない人の方が多いんだった。

「私、伝蔵伯父さんの姪っ子なの」
「え、じゃあ、あなたが、あのさん!?」

うーわー、生徒にまで名前が知れ渡っているって、どういうことなの伯父さん!?
お願いだから変なことだけは言わないでよ!

「どのかは分からないけど、そのさんです」

苦い笑みを浮かべて返した。それ以外にどう反応しろと言うんだ。

「わー、山田先生に似てなくて良かったです」
「あはは……」

言っておくが、私はフォローしないからね。そもそも、伝蔵おじさんは私の親ではないので、そこまで似ることもないと思うよ。

「乱太郎君、盛り上がってるところに悪いけど、次の自己紹介させてあげてね」
「あ、先輩、すみません!」

「えと、一年二組の鶴町伏木蔵です」

ちょっと暗そうな感じの子だけど、礼儀はしっかりしてるみたいだ。
なので、私も彼に習うようにお辞儀をした。

「二年一組の川西左近です」
「二年一組?」

つい最近、そのクラス名を耳にしたような気がする。

「んー……あ! 三郎次君だ」

そうだそうだ。この間、食堂で会ったタカ丸の後輩の子だ。彼も確か一組とか言っていたような気がする。
私の言葉に、相手は、不思議そうに眉を顰めた。おおっと、しまった。口に出していたか。

「三郎次と知り合いなんですか?」
「あ、知り合いっていうか、一回しか会った事ないんだけどね?」

あはは、と微妙な笑いを浮かべると、興味なさそうに「そうですか」とだけ返された。
うわ、これは、流石に空気を読んでなかったのかもしれない。

「じゃあ、自己紹介も終わったし!」

その空気に気づいたのか、善法寺先輩が明るい声で言葉を発した。

「あの、まだ一人、自己紹介が終わってませんけど?」

先輩の言葉に、私を視線をもう一人の男の子に向けた。だって、黄緑色のジャージの子は、まだ一言も喋っていないのだ。それなのに、自己紹介を終わらせるなんて軽い苛めじゃないか。

私がそう言うと、その子は、パアッとこっちが吃驚するくらいの明るい笑顔になった。
そんなにさっきの一言が嬉しかったのだろうか。いや、この場合は誰だって突っ込むところだと思うんだけど。

「あ、ごめん! はい、自己紹介して」

うわー、ちっとも悪く思ってなさそうな声でしたけど、わざとじゃないなら、余計に酷いですよ。後輩は、ちゃんと愛でるべきものですよ。

「三年三組の三反田数馬です!」

三反田君って、ちょっと舌噛みそうな名前だなぁ。心の中で呼ぶなら、数馬君でいっか。

これで、向こう側全員の挨拶は終わった。
とりあえず、こっちももう一度自己紹介しておいたほうがいいだろうか。

「園芸部の(多分)部長で、一年三組のです。で、こっちが部員の……」

そう告げて、綾部に視線を向けた。
自己紹介くらいは自分でして貰わなきゃ困る。

「……一年一組の綾部喜八郎でーす」
「あ、綾部先輩、園芸部員なんですか?」

すると、数馬君がちょっと驚いたような声を発した。もしかして、二人は知り合いなのかと思い、綾部に伺う様な視線を向けた。

「中等部時代の後輩の一人?」

ああ、なるほど。綾部は去年まで中等部だったから、そっちでの後輩なのか。
高等部から入ってきた私には、後輩がいないから、昔話に入れないのが残念だ。

「それに、友達の藤内が綾部先輩と同じ作法委員なんで、色々、話聞いてますし」
「え、綾部って作法委員だったの?」

むしろ、そっちの事実に驚いた。
委員会は一応、全生徒が入会必須なので、どこかには入っていると思ったけど、まさか、あの作法委員会とは思わなかった。
作法委員会の噂は、色々聞いている。お茶や生け花の作法かと思ったら、大間違いで、死化粧とかそういう方面の作法らしい。
正直、背筋が凍った。流石にそっち方面の作法なんざ、知りたくもない。御免被る。どうせなら、お茶やお華を習ってるほうが、余程、精神を鍛えるのに最適じゃないか。そっちを学ばせろといってやりたい。

しかし、考えてみれば、よく分からない性格をしている綾部なら作法委員でもやっていけそうな気がする。委員の子とどういう交流をしているのかは想像できないけど。


「ええと、話進めていいかな?」

あ、しまった。先輩の存在をすっかり忘れていた。





保健委員登場!
090818