仲間が増えました


「保健委員会?」

相手から出された言葉に、は首を傾げた。

いや、保健委員の存在を知らないわけではない。むしろ、有名だ。保健委員は、運のない人がなるから、不運委員会。そういうキャッチフレーズがあるらしい。そんな嫌なフレーズを考えた人は、誰だ。

ともかく、目の前で自己紹介をしてくれた彼等は、その保健委員会のメンバーなのだそうだ。
てっきり新たな部員かと思っていたのだが、考えてみれば、委員会とは違って部活は中高で分けられているので、中等部の子が高等部の部活に参加できるわけがなかった。

ではなぜ、この当番表には、その保健委員の名前が並んでいるのだろう。もしかして、園芸部は保健委員会と吸収合併したの? そんな莫迦な話があるか。

「で、どうして、園芸部の仕事に保健委員の人たちが、関わってくるんですか?」

私が素直に疑問符を述べると、善法寺先輩は、困った笑みを浮かべた。

「その話まで通ってなかったんだね……まあ、急だったから仕方ないとは思うけど、僕たち保健委員は、中等部にある薬草園で薬草を育てているんだ」
「薬草ですか?」

なぜ、わざわざ薬草を自家栽培なんぞしてらっしゃるのだろうか。

「予算が、足りなくてね」

私の疑問が顔に出ていたのかもしれない。先輩はどこか遠い目をしてそう告げた。それを見ていると物凄く触れてはならない領域に踏み込んだような気がする。深く突っ込まない方が良いと思って、微苦笑を浮かべるだけにした。


「それに、体育祭の練習が始まると、薬品も直ぐになくなっちゃうから、代用ってところかな?」
「そういえば、もう直ぐそんな時期ですよね」

私はまだ、この学園の体育祭を味わった事がないので、どんな競技が成されるのか分からないが、先輩の口調から、毎回白熱するのだろう。だから、怪我人が多いのかもしれない。
盛り上がれる体育祭なら、楽しみだ。

「だけど、その薬草園が、駄目になっちゃって」
「え、どうしてですか?」
「土砂崩れで土の下になっちゃったんだ」

たははーと苦い笑いを浮かべているけど、それ、物凄く笑い事じゃないと思う。
土砂崩れって、もはや災害だ。大事件なのにこうやって笑えるなんて、この先輩は、案外肝が据わっているのだろうか。
しかし、なるほど、土砂崩れが原因なら薬草が全滅になったのも理解できる。

「それで、学園長先生に理由を話したら、園芸部の場所を貸してくれるって言われたんだ」
「つまり、学園長先生の思いつきって奴ですね」

確かに、園芸部は私たちが管理するにも手が余るほどの土地がある。
全部使うと、流石に私も毎日水をやるのが面倒なので、花壇は半分くらいしか使っていない。おかげで、他は草ボーボー状態で夏が大変だったんだけどね。

「でも、ただで借りるのは悪いから、僕たちも園芸部のお手伝いしようと思って、松千代先生にお願いしたんだ」

それで、この当番表と言う事だったのか。
これを、先生が前もって説明してくれていたら、こんなに苦労かけずに済んだのだろうに、先輩には申し訳ないことをしたな。

けど、水遣りの手伝いをしてくれるのは物凄くありがたい。実質、ほぼ毎日やってるから、ほとんどの放課後が潰れて、帰りの寄り道が出来ないことが多かったのだ。これで、余った時間を有意義に使う事ができる。物凄くありがたい。

「ありがとうございます」

なので、素直に感情を露にした。寄り道が出来るようになった嬉しさというのも含まれているんだけど、どちらにせよ人手が増えることが嬉しいのに変わりはない。

「お礼を言うのはこっちの方だよ! 僕らは保健委員だから嫌がられちゃうかなって思ってたからね」

ああ、そうか、保健委員=不運という見事な方式があるんだった。ということは、土砂崩れもその方式ゆえの不運なのだろうか。いや、まさか、ね?
そう思いながらも、私は、微笑み返した。

「そんなことありませんよ。こっちとしては、人数が増えて本当に助かりますから」

すると、先輩は、満面の笑みを浮かべた後、ガシリと両手を握ってきた。

「君みたいな子、本っ当に貴重だよ!」

え、私、いつの間に天然記念物に指定されたのですか。
むしろ、どういう意味で貴重なのか教えてください。変な意味だったら、即効、さっきのお礼の言葉を取り消させていただきますから。

「イタッ!」

私がそんなことを考えていると、真横にいた綾部が先輩の手首にチョップを食らわしていた。あれって、地味に痛いんだよねぇ。

「って、綾部、何してるの!?」
「……なんか、不愉快だったから」

何だ、その理不尽な理由は!
仮にも先輩なんだから、口で言えば良いじゃないの。

「先輩、すみません。お怪我はありませんか?」

目の前の善法寺先輩に謝罪の言葉を述べると、先輩は手をぷらぷらと振りながら、慣れてるからと、軽く言葉を返された。
慣れるほど頻繁に不運なことが起こっているのだろうか。あまり怖くて詳しく聞きたくないので、微苦笑を浮かべて返した。

「じゃあ、僕たちこれで帰るね。明日からよろしく」
「「「「よろしくお願いします」」」」

善法寺先輩に続いて、他の保健委員の子も声を揃えて挨拶の言葉を述べたので、こちらも頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします」

そして、彼等が出て行った後を確認してから、くるりと体を綾部に向けた。
そいつは、また悠長に新しい煎餅を食べている。

「綾部、あんた自由人過ぎるわ!」

ぺしりと頭を軽く叩いてやったら、恨めしそうに見つめられた。
けど、今回は折れないぞ!

「とりあえず、明日からは保健委員の人も来るから、ちゃんと働いてよね」
「…………」

返答なし。ボリボリと煎餅を噛む音だけが響く。
せめて、頷くくらいしておくれ。

「……が、僕の当番の時に来てくれるなら、ちゃんと動く」
「は? え、何で私が、あんたの当番の日まで来なきゃいけないの?」
「じゃあ、しない」

うお、なんだこの駄々っ子綾部くんは。
いや、待て、落ち着くんだ。私が来れば、こいつはちゃんと仕事をすると断言した。今の今まで穴掘りと土の耕ししか手伝わなかったこの男が、だ。
ならば、自分の時間を多少割いてでも従ったほうが、色々と良いかもしれない。

「分かった。ちゃんと行くわよ」
「ほんとう?」
「本当! でも、働かなかったら、次から来てやらないからね」

悔しいから釘をきちんと刺してやろう。これで、約束を忘れたなんて莫迦な言い訳も出来なくなるだろう。

「分かった」

綾部の頷きに、私は内心でガッツポーズを浮かべた。




[新学期編ED]

我儘息子とその母親みたいにしか見えなくなってきた。綾部はフラグを立てるのが難しい。
090905