私と先輩と作戦会議
「食満先輩って、暇人なんですか?」
奢ってもらったパックジュースを飲みながら告げると、同じようにジュースを飲んでいた食満先輩が怪訝そうな顔を向けてきた。
「他人の恋の応援とか、受験生がなにやってるんですかって話ですよ?」
あの後、食満留三郎と名乗った先輩とは、そこで別れた。
そして、まあ、あれは何かの冗談だろうと高を括っていた私は、何事もなく数日を過ごした。
なのに、食満先輩は、放課後に水遣りをしている私のところに行き成り現れたのだ。作戦会議をするぞとかなんとか言われた時は、ポカンとした表情を浮かべてしまったくらいだ。
なんだかんだで、あれから、この先輩と放課後につるむようになってしまったのだ。せっかく当番制になって自由な時間が作れたと思ったのに、これじゃあ意味がない。
それに、なぜか、いつも逃げ道に先輩が待ち構えているので逃げられないのだ。これが、知らない人だったら変質者と判断して警備員さんにでも通報していただろう。その本音を告げたら、確実に殴られそうだからこの先も黙っておくけど、本当になんで行く先々にいるのか不思議だ。食満先輩は、実は予知能力があって、私の行き先が読めるのだ。そんな答えが脳裏に浮かんでアホかと、内心で突っ込んだ。
「息抜きだよ。勉強もちゃんとやってる」
「はぁ、それにつき合わされる私は、散々です」
「だから、毎回ジュースを奢ってやってるじゃねぇかよ!」
悲しいかな、毎日100円のジュースで買収されている私です。
でも、元を正せば、あの子は私に相談に来たわけなので、私が棄権するわけにはいかない。一人じゃなくて食満先輩がいるだけでもマシだと思っておくことにした。
「先輩は、彼女いるんですか?」
「は?」
「いえ、経験のある人じゃないと、こういうのって意味ないんじゃないかなーって」
私は、もちろん色恋沙汰に関してはノータッチだ。数馬君とあの子の恋をどうやって応援してやればいいのか、さっぱり見当も付かない。
「い、今はいねぇけど……」
食満先輩は、もごもごと照れくさそうに告げた。別に恥ずかしがる事でもないとは思うのだが、ともかく一応の経験者ではあるようだ。
「じゃあ、どうやって、あの二人を引き合わせるんですか?」
「休日に誘うとか、か? 俺とかとか大勢で遊ぶ事にしておけば良いと思うんだが」
「それ、怪しまれますよ」
私は、数馬君とはそれほど仲良しでもない。それなのに、遊びに行かないかって脈絡もなく誘えるわけがない。それに私と食満先輩と数馬君と彼女って、あまりにも共通点がないメンバーなので、数馬君も怪しむだろう。
「じゃあ、体育祭のジンクスにあやかって告白するとか!」
「神頼みしてどうするんですか! というか、体育祭のジンクスって何ですか?」
私が訪ねると、先輩は「知らなかったのか? 有名だぞ?」と意外そうな顔をして告げられたので、私は「そういうの疎いんで」と無難に返しておいた。
「体育祭で使った鉢巻を互いに交換すると、その恋人たちはずっと幸せになれるって言う話しだ」
「うわー、それはまたベタなジンクスですねぇ」
べたべた過ぎて苦笑いしか漏れない。そういう話はどの学校でもあるものなのだなぁとしみじみと思っていたが、ふとあることに気付いて言葉を続けた。
「って、それ恋人限定じゃないですか」
彼らは、まだ付き合ってもいない。彼女の片思いの状態で、そんな事ができるわけがないのだ。
「待て待て、続きがあるんだ。片思いの場合は、相手と交換できたらOKという事になるらしいんだ」
「ああ、だから、告白って事になるんですね」
これもまたベタな話しだけど、バレンタインと同じでイベントに乗じて告白しようと思う子がいるのも事実だ。体育祭もある意味で、恋愛イベントの一環みたいなものなのかもしれない。
「……でも、それが手っ取り早いのかもしれませんよね」
私が、彼女の恋を応援するという時点で既に何か間違っていると思っていた。ならばいっそ自分で告白した方が早いと思う。
告白が無理でも、体育祭の時に彼女と数馬君を二人きりにしてあげられる状況を、こっちが作ってやればいいのだ。
「そもそも、体育祭って中等部と合同なんですか?」
「お前そんなことも知らなかったのか?」
「ええ、私、高等部から入って来た生徒なんですよー」
「ああ、道理で……」
そう告げて、先輩は頷いた。それを尻目に、私は、ストローに口をつける。
となれば、やっぱり、体育祭の当日にこっちでセッティングするしかないだろう。
数馬君を呼び出すくらいのことは、出来なくもないと思う。
あんまり中等部エリアには足を踏み込みたくないんだけど、この際仕方ない。
「はぁ、恋愛ってややこしいんですねぇ」
こういう地道な努力が必要になるのかと思うと、自分には必要ないと思ってしまう。けど、恋をしたら、誰もがそういう風になるのかなぁ。
「そういうもんだろ。それに、気持ちは簡単に止めらるもんじゃねぇからな」
流石、経験者は語ることが違う。ふと、目の前の食満先輩が、あの時の利吉くんと被って見えた。
大人の顔だ。
近くにいるのに、遠くにいるような奇妙な感覚に捕らわれる。
この感情を、さびしいというのだろうか。置いてけぼりにされた子どもみたいな気持ち。自分はまだまだ子どもなんだなって自覚させられて、余計に寂しさが募る。
「どうした?」
「え、いえ、なんでもないです」
うっかりぼけっとしてしまった。誤魔化すように笑みを浮かべて首を横に振った。
すると、先輩は、微苦笑を浮かべて、その手を私の頭に乗せた。なでなでと撫でられた。
「……食満先輩」
「おわ、わりぃ! つい、あいつらと同じ感覚で撫でちまった!」
先輩は自分の行動に驚いたように手を退けた。
そして、バツが悪そうな顔をして謝罪された。
「あいつらって?」
「ああ、用具委員の後輩。中等部の一年が三人。三年が一人いるんだ」
「あー、保父さんみたいですねぇ」
「それは言うな!!」
穏やかな笑みが父親のそれと重なって見えたので思わずポツリと漏らすと、先輩は嫌そうに眉を顰めた。でも、声色はとても嬉しそうに聞こえたので、素直じゃない先輩の行動に思わず笑みが漏れた。