結束
新学期が始まってから互いに忙しいせいか、彼女と会う回数が減ってしまった。
しかも、水遣りが当番制になったらしく、毎日残っているわけでもないので、更に会う機会が減ってしまった。
唯一の繋がりは、メールだけ。けれども、それはただの文字を伝えるだけのものだ。
彼女に会えるわけではない。ただの一時の慰めにしかならない。
会えないと思うと無性に会いたくなる。それが、彼女ならば尚更の事。
これが、禁断症状というものなのだろうか。
気づけば、自分がどっぷり彼女に浸かってしまったのだと自覚させられてムズ痒いものがある。
本当に不思議だ。会って二ヶ月も経っていないのに、なぜ、こんなにも気持ちが彼女に向かっていくのだろうか。
他の女子と違うなと思ったのが、最初の印象だった。
応援に来てくれる彼女たちは、なんというか怖い。圧倒されて上手く話せない。けど、彼女は、ちゃんとこちらの話に耳を貸してくれる。時折、返って来る発言がとんでもないものだったりするけれども、それがまた他の女子との違いを見せ付けるのだ。
気づけば、彼女の隣は居心地の良いものになっていた。
けど、次第に傍にいると逆に落ち着かない気持ちになっていった。何を言えばいいのか迷ってしまう。けど、それでも傍にいたいと思ってしまう。
それは、やはりそういう気持ちなのだろう。
人を好きになったことがないわけじゃない。だから、自然と気づくことが出来た。
僕は、彼女のことが好きなのだ。
一体、彼女の何処が好きなのかと問われれば、たぶん、答えられない。
いっぱいあると言えばあるけれども、どれも曖昧すぎて表現できないのだ。
ただ、好きだ。その一言で十分なのだと思う。
◇
「最近、つまらん」
休憩時間に入り、ベンチに座っていた僕の横にドカッと座り込んだ親友に、困った笑みを浮かべた。
「だからって、真面目にやらないとレギュラー外されちゃうよ? 三年生も引退するんだしさ」
「何を言う、私は、いつもで本気MAXだ!」
「お前が言うと、信じられん!」
すると、前方から声が聞こえてきた。顔を上げると汗をタオルで拭いていた八左ヱ門が、そこに立っていた。
「八左ヱ門がイジメルー」
「苛めてねぇし、思いっきり棒読みだぞ」
三郎の言葉に、八左ヱ門が呆れた顔を浮かべて三郎の隣に座った。
「で、つまらないって何が?」
「……がいない」
ポツリと呟かれた言葉に、僕は、内心でドキリとした。
三郎も同じように思っていたのかと、吃驚したのだ。
「あー……そういや最近全然会ってねぇよな。メールばっかりだ。声聞きてぇなぁ」
八左ヱ門はそう言うと、両手をベンチに着け上半身を軽く後ろに倒して天井を仰いだ。
きっと、彼女の顔でも思い浮かべているのだろう。
「そうだな」
「うん、そうだね」
声が聞きたい。顔がみたい。彼女に触れたい。
要求ばかりが膨れ上がっていく。本当に、僕は重症だ。
「って、一年三組だっけ」
「三郎、襲撃するつもりじゃないだろうな」
僕がそう告げると、三郎はニシシと誤魔化すように笑った。
する気だったんだ。
それに対して僕は呆れたため息を吐いた。
「やめておけよ、迷惑掛けるだろう」
「ちぇ、雷蔵がそう言うならやめておくさ」
肩を竦めてそう告げた三郎は、ふと何かに気づいたのか顔を八左ヱ門へと向けた。
「兵助は?」
「ああ、あいつなら、外に出て行ったぞ?」
「外に? 何でまた」
「暑くて堪らないから、水浴びてくるとか言ってたけど」
その言葉に、三郎が「あいつ、時々豪快なことするよなぁ」と呟きながら呆れた表情を浮かべた。
「風邪引かなきゃいいけど」
「一応、新しいタオル渡しといたから、大丈夫じゃないか」
「あれ? でも、戻ってきたよ?」
入口付近で見覚えのある姿の人物がいることに僕は気が付いた。
「本当だ、おーい、兵助ー」
八左ヱ門が声をかけると、こっちに気づいたのかフラフラとした足取りでやってきた。
その危うさに三人の眉が顰められた。
「兵助どうした?」
「…………」
三郎の問いかけに、兵助はただ荒い息を吐くだけだ。何を急いでいるのだろうか。
けど、なんというか表情がいつもと違っているように見える。
「水浴びしに行ったんじゃねぇのか?」
その割りに、彼の髪はどこも濡れていない。
むしろ、全力疾走でもしたのか肩で大きく息をしているし、そのせいで全身汗だくになっている。
「わす、れてた」
やっぱりどこか可笑しい。いつもの兵助にはない雰囲気を感じる。
「何かあったのか?」
「…………が、いた」
その言葉に、僕たちは全員驚いた表情を浮かべた。
学内なのだから、彼女がいても不思議はない。けれども、なぜ何もせずに兵助は戻ってきたのだろうか。俺たちに知らせるためだろうか。
「声を掛けなかったのか?」
「……掛けられなかった」
「どうして?」
「……が、凄く楽しそうにしてたから、声をかけ辛かった」
そう告げて、兵助は辛そうに顔を歪めた。
僕たちはまた互いに顔を見合わせた。彼女にも交流というものがある。友達だっているだろう。だから、楽しそうにしていても何ら気にかけることはない。けど、兵助がこんな顔をするということは、余程の理由なのかもしれない。
「相手は、男か」
三郎がポツリと呟いた。けど、その声は、先ほどとは比べ物にならないくらい硬い。
その声と内容に、僕は思わず兵助に視線を向けていた。
兵助は、小さく頷いた。
肯定だ。兵助が、声を掛けられなかったというくらいだから、その人と彼女は仲がいいのだろう。
夏休みの出来事で分かったはずなのに、すっかり忘れていた。彼女の世界に踏み込めるのは、何も僕たちだけじゃない。
会えなくなっても平気だと思い込んでいたのだ。会えないときだからこそ、危惧しておくべきことだった。
けれども、彼女の付き合いを僕がどうこう言う資格もない。別に付き合ってるわけでも兄妹でもない。ただの友達だ。改めて突きつけられた現実に、愕然とした。
「邪魔してやればよかったのに」
ポツリと三郎が呟いた。
兵助が驚いた顔で彼を見た。もちろん、僕も驚いて彼を見る。
面白くなさそうな顔をしていた三郎が視界に映った。
「とは他人じゃないんだから、普通に話しかけてやればよかっただろ? そういうのは、邪魔してやればいいんだ」
「……あ、そっか」
三郎の言葉に兵助が目をパチパチさせながら呟いた。
目から鱗といった感じだ。
「三郎。言うのは自由だけど、他人にそれを求めるのは間違ってるよ」
僕の言葉に三郎は眉根を寄せたままこちらに視線を向けた。
「じゃあ、雷蔵は、邪魔しようとは思わないのか」
「それは、したくないと言ったら嘘になるけど、彼女がそれを望んでいなかった場合、泣きを見るのはこっちだよ?」
「……臆病者」
「なっ!」
「こら、お前らが喧嘩してどうすんだよ!」
三郎の言葉に僕が反論しようと思ったところに、八左ヱ門に止められてしまった。
なので、僕は、身を乗り出そうとしていた体を元の位置に戻した。
「確かに意外なところで伏兵が出てきたけど、不思議でも何でもない話しだ。こういう時に俺らが協力し合わないでどうすんだ? こっちは四人もいるんだぞ?」
八左ヱ門が、物凄くまともな事を言い出した。
だが、その通りだ。僕たちが言い争っている場合ではない。
その間にも相手に掻っ攫われてしまう可能性だって否定できない。
「そうだよな、うん。は、」
「僕たちの」
「大切な仲間だ」
兵助の言葉を筆頭に、僕、そして、三郎が言葉を続けてくれた。
まるで阿吽の呼吸みたいだったので、思わず互いに笑みが漏れた。
不思議と先ほどの険悪なムードはどこかに消えてしまった。
八左ヱ門の叱咤のお陰かもしれない。
ピーー!
すると、休憩の終わりを告げるホイッスルが鳴った。
僕たちは互いに顔を合わせる。
「部活が終わったら、ファミレスで作戦会議な!」
僕たちは、大きく頷いた。