助っ人は委員長
今日は、水遣り当番の日だ。
花壇に向かっていたら、目の前に覚えのある後ろ姿が視界に映った。
「善法寺先輩、こんにちは!」
「あ、さん、こんにちは」
挨拶の言葉で、こちらの存在に気づいた先輩は、穏やかな笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。以前も思ったけれども、この先輩は本当に優しくて穏やかな人だ。私にとっての天然マイナスイオンかもしれない。
「水遣り始めようか」
「はい!」
その言葉に私は、笑顔を浮かべて大きく頷いた。
◇
見上げた西の空は、じんわりと紫がかっている。夏に比べて日が暮れ始めるのが早くなった。焼き付けるように照り付けていた日差しも夕方になると穏やかなものになって、水遣りをするのも随分と楽になったのを実感する。
「最近、さんって、留と仲が良いよね」
「トメ?」
名前と人物の像が結び付かなくて、私は首を傾げた。そんなお年寄り的な名前の人と仲良しになった記憶はない。すると、その意図を汲み取ったのか先輩はああと言葉を漏らした後、言葉を続けた。
「食満留三郎のこと」
「あ、食満先輩のことだったんですか。別に、仲良しって訳じゃないと思いますけど……」
どちらかと言えば共犯者というのが近いのだろうか。私が巻き込まれてしまったというか向こうが勝手に巻き込まれてきたというか。
それに、二人で楽しい話をしているわけではない。恋の話だ。言葉だけ聞くと華やげに聞こえるけど、私には難しい話である。
「そうかな? 留三郎ってば、最近凄く楽しそうにしてるんだよ。さんの話で盛り上がるようになっちゃったくらいだし」
「盛り上がらんでください」
なぜ先輩たちの話の題材が私なのか。そんなに話題に出来るほどの可笑しな人間なのか。突っ込みどころがたくさんあったが、ともかく忠告だけしておこうと思い、私はそう告げた。
「ごめんごめん」
不機嫌そうな私の様子に気付いた相手は困った笑みで謝罪の言葉を吐いた。
なので、私は、ため息を吐いた後、水遣りの続きをするために正面に向き直った。
何気なく視線を向けた先の花は蕾から少しだけ開いている。明日辺りにでも開花しそうだ。摘み取って部室に飾るのもいいかもしれない。それとも、松千代先生が花が好きだから職員室に飾った方がいいのかな。
「ただ……羨ましいなーって思って」
「……へ?」
明日咲いてたらどうするか考えようなどとぼんやりと考えていたので、反応が少し遅れた。気の抜けた声を発しながらも顔だけをそちらに向けると、先輩の真剣な顔があって、あまりの珍しさに思わず動きを止めて見入ってしまった。
「数馬の事なら僕に相談してくれればいいのに、留三郎は、さんの所にばっかり行っちゃうから」
そう告げて、先輩は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
その行動と言葉で、先輩がやきもちを焼いているのだと、気付いた。
「そんなの杞憂ですよ」
私は、水遣りをしていた手を止めた後、笑みを浮かべてそう受け答えをした。
すると、先輩が少し驚いた表情を浮かべたが構わずに言葉を続けた。
「さん、それって……!」
「先輩から食満先輩を奪ったりしませんから!」
「…………」
「先輩?」
あれ、なんか地面に手を付いてガックリと項垂れてしまった。
私は、また何か失礼な事でも言ってしまったのだろうか。友達を取られたから拗ねていたのだと思っていたのに、違っていたのかもしれない。
「気にしないで。あまりにも予想外の方向からパンチが来て気が抜けただけだから」
「……はぁ」
食満先輩ではないとすれば、先輩は何に対して拗ねていたのだろうか。もしかして、後輩でもある数馬君に関して除け者にされたからとかかもしれない。可愛い後輩の話題なのに自分が参加できないなんて嫌だもんね。
「あ! じゃあ、先輩も一緒にどうですか!?」
「え?」
「三人寄ればって言うじゃないですか! 善法寺先輩も作戦会議に参加していただけるなら、私も心強いです」
数馬君側の知り合いがいた方が、何かと都合が良い。
なぜ、初めからそういう考えに至らなかったのだろう。おかげで、ここ数日、食満先輩と進展がないまま無駄に世間話ばかりしてしまう羽目になったのだ。
「僕も行っていいの?」
「はい。是非、いいお知恵をくださいね!」
そう告げると、先輩の顔が見る間に嬉しそうに変わった。余程、除け者にされていたのが、悔しかったのかもしれない。これで、本題も進展出来るし、万々歳だ。
「うん!」
先輩は元気よく返事をした。
◇
「それで、伊作もいるってわけか?」
食満先輩に事情を説明すると、呆れた表情を浮かべられた。
伊作先輩がいれば問題が解決されるのだから、ここは、諸手を挙げて喜ぶべきところではないのだろうか。
「留三郎、何か不服でもあるの?」
「そういう訳じゃねぇけど、お前がいたら余計に失敗しそうな気がする」
「それ酷くないかぁ!?」
クラスメイトというだけある。仲の良さを見せ付けられてしまった。なんだか疎外された気持ちになる。席を外したくなる衝動にかられたけど、外したら作戦会議の意味がなくなるので、我慢しておこう。
しかし、善法寺先輩がいた方が失敗するってどういう意味だろう。
「昨日だって、何もねぇところで転んでたし、道を歩いてたら上から水が降って来てびしょ濡れになったじゃねぇか」
その言葉に私は絶句した。保健委員が不運であることは知っている。部活中もよくホースに引っかかって転んでるのを見かけたけど、それほどまでに不運だとは思わなかった。
「そ、そんなのいつもの事じゃないか!」
そして、それが日常と言ってしまえる先輩も凄い。普通に生活していて、そんな不運な展開が起こることは頻繁にはないだろう。
こうなると、善法寺先輩に頼んでいいのか迷ってくる。でも、数馬君繋がりって先輩くらいしかいないし、他の保健委員の子は、年下だから恋愛ごとに巻き込むのも悪い気がしてしまう。
「と、とりあえず、作戦を練りませんか?」
体育祭も来月に迫っている。その内、行進練習やクラス毎の練習が始まる。そうなると、今のように集まる事が出来るか分からない。なので、今の内に出来るだけの計画は立てて起きたかった。
「そうだな。とりあえず、このメンバーでどうにかするしかねぇか」
「うん、その彼女の為だしね」
二人は私の言いたいことを理解してくれたのか、互いに頷きあった。