ロングホームルーム



体育委員が黒板に種目を書いていく。カツカツとチョークのあたる音が聞こえてくる。

ちゃんは、どれに出るの?」
「うーん」

私は、黒板に視線を向けたまま考え込んだ。
今日は体育祭の出場種目決めの日だ。来週からは学年練習や全校練習などスケジュールが体育に染められている。

長距離はあまり好きじゃない。かといって短距離も速い訳ではない。
出来るならば応援役になりたい。つまり、どの競技にも出たくない。
けれども、一人一種目は必ず当たるように作られている為そうも言っていられない。

「僕、二人三脚がいいなぁ。一緒に出ない?」
「二人三脚?」

あれは互いの呼吸が合っていないと駄目な競技じゃなかっただろうか。
タカ丸と組んだら互いに反対の足から出発しそうな気がする。

「いっぱい練習すれば、大丈夫だってば!」
「練習する気なの?」
「普通そうでしょ?」

言われて見れば、本番一発で二人三脚が成功したらそれはそれで余程の息の合ったコンビと言う事になるが、どう考えても私たちには無理だ。練習は必須である。

「……私、借り物競争がいい。もしくは、パン食い競争」
「ええーっ!? 僕の意見は!?」


部活の水遣りと食満先輩たちと恋の相談の件もあってタダでさえ忙しいのに、練習する時間まで割かなきゃいけないとなったら、私はいつ個人で遊びにいけばいいのだ。この間、開店したばかりのケーキ屋さんで限定販売のモンブランが今週から発売されているのをチラシで見た。購入を楽しみしているというのに、それも出来やしない。早くしないと期間が終わってしまうので時間を見つけてに買いにいきたい。

「私は、練習のない種目がいい」
「えぇー……へこむなぁ」

へこまれてしまった。そんなに二人三脚がしたかったのだろうか。

「他の子誘ってみたら?」
ちゃんじゃなきゃヤダ」
「だから、私は出ないってば」

最近、タカ丸は拗ねすぎだ。いつからそんな我儘な子になったのお母さんはそんな子に育てた覚えはありません。うん、産んだ覚えもないんだから当たり前だ。

「揉めてるとこ悪いけど、もう決まったわよ」
「え?」

友達の声に顔を黒板へと向けた。
私の苗字が書かれてある。しかも、その下にタカ丸の苗字である斉藤という文字も見えた。

「な、なんで二人三脚に決定してるわけ!?」

その上には、二人三脚という文字がしっかり見える。瞬きしても間違っていない。
すると、友達は、きょとんとした表情を浮かべた。

「あんたらが二人三脚ばっかり連呼するから、てっきり出たいのかと思って体育委員が書いちゃったみたいよ」
「体育委員! それ却下!」

私は、黒板の前に立っている彼女にそう告げたが、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「もうみんな決まっちゃったから、変更は無理かな?」

ガーン。なんてこったい。


「えへへー、ちゃん一緒に頑張ろうね?」
「……タカ丸」
「どうしたのーっていたたたたた、髪引っ張らないでよ!」

その顔を見ていると無性に引っこ抜きたくなったので、実行させていただいた。

私のモンブランよ、さようなら。





「ってことで、今日から練習しよー?」
「今日は無理」

放課後を迎えて、早速タカ丸が私の元にやってきた。
けど、私は、鞄を手にしたままきっぱりと断りの言葉を継げた。

「ええ? なんで?」
「先約があるの」

今日も先輩たちと話し合いだ。暫くは水遣りと相談と練習を上手く裁いていかなければならないので、忙しくなりそうだ。

「先約? クラスの子と?」
「ううん、先輩」
「先輩って委員会の?」
「違うけど? って、タカ丸どうしたの?」

さっきまでのお気楽顔から一転してとても真剣そうな表情を浮かべていた。
なので、怪訝な表情を浮かべて彼の顔を見る。

「……僕も行く」
「へ?」
「僕もついてく!」
「いや、でもさ、詰まらないし?」

とある後輩の恋愛相談会だ。そんなものにタカ丸まで参加してどうする。面白くないじゃないか。むしろ、なんで付いていきたがるの。最近のタカ丸は、本気で駄々っ子だ。

「つまらなくてもいいの! ついていく!」
「……あぁもう。ちょっと待って、聞いてみるから」

携帯電話を取り出した。仕方ないので先輩たちに聞いてみることにしたのだ。
体育祭当日まで互いに連絡が付く方が都合が良いと言う事で、この間連絡先を交換し合ったのだ。まさか別の意味で使うとは思っていなかったけど。

アドレスを出してボタンを押し耳に当てる。
数コール後に呼び出し音が途切れた。

? どうした、補習か?』
「違います」

先輩は私をなんだと思っているんだ。これでも、まだ赤点取ったことがないのが自慢なのに。いや、よく考えれば誇れる自慢でもない。

「友達が行きたいって言って聞かないんですけど」
『はぁ? なんでまた』
「それは私が知りたいです」
ちゃん、代わって」
「え、ちょ」

いきなり手から携帯を奪われた。確認の途中だったのに何という強引な奴なんだ。

「はじめまして先輩。僕は斉藤タカ丸と言います」

しかも、ちゃっかり会話し始めている。向こうも、かなり驚いている事だろう。何か言っているみたいだけど内容までは聞こえない。

返せと手を伸ばすけど、頭を抑えられて身動きが取れない。これだから無駄に背の高い男は嫌いなんだ。

「いいえ、知りません。けど、ちゃんに手を出されるのは困るから」

一体どんな会話をしているのだろうか。手を出されるとか、ねぇタカ丸、いつのまに私のお兄さん役になったんだ。食満先輩にも選ぶ権利というものがあることを忘れてあげちゃ駄目だよ。

「駄目なら連れて行かない。ちゃんと帰ってやる」
「ちょ、タカ丸!」

なんで私の問題なのにあんたが偉そうにそんなこと言うんだ。


「……はい、ありがとうございまぁす」

そう告げてタカ丸は、電話を切ってこちらに手渡してきた。それを受け取りながら睨みつける。けど、変わらずニコニコと嬉しそうに笑っていた。物凄く憎たらしい。ほっぺた抓ってやろうか。

「行って良いって、良い先輩だよねぇ」
「あんた、同い年でしょうが」
「えー、でも、学年からすると向こうは先輩でしょー?」

キリがない。とりあえず、先輩たちを待たせるわけにも行かないから、さっさと行こう。
携帯を鞄に戻して足を目的の方向に向けた。

「行くよ」
「はーい」

元気な声が、直ぐ傍で聞こえた。



100920