応援団結成?
時の流れというものは早い。あっという間に体育祭当日になってしまった。
それまでに予行演習やら練習やら何やらで凄く忙しい日々を過ごしていたので当然といえば当然だけど、色んな意味で今日は大変な日になりそうだ。
「さん」
「あ、善法寺先輩、おはようございます」
「うん、おはよう。それよりも、今日のお昼のことなんだけど……」
「あ、伝言出来ました?」
開会式が終わった後、席に戻ろうとしていたところに善法寺先輩に声を掛けられた私は、用件が何か直ぐに察してそう返した。
「こそこそと何してるの」
「ひょわっ!?」
背後からボソリと呟かれて変な声が漏れた。振り返ると呆れた顔の花乃子が立っていた。
「驚かさないでよ」
「普通に声かけただけだけど?」
そう告げながら花乃子は私の隣へと視線を向けた。
「あ、部活でお世話になってる保健委員長の善法寺先輩だよ」
「は、初めまして。善法寺伊作です」
「花乃子です。初めまして」
互いに笑みを浮かべているのだけれども、何となく花乃子の笑みが怖く見えるのは気のせいだろうか。善法寺先輩も額にへんな汗掻いてるし。
「じゃ、じゃあ、僕、救護テントに戻るから!」
その空気に耐え切れなくなったのか善法寺先輩はそう告げてその場を去っていった。
すると、花乃子がぐりんと顔をこちらに向けた。
「あんた、一体何人釣ってくるつもりよ」
「へ? 釣る?」
ここはグラウンドで池なんてない。そもそも体育の競技に釣りなんて含まれていないはずだ。
首を傾げると、花乃子があきれたように思い切りため息を吐いた。
「報われない狼ばかりね」
「はい?」
釣りといったり狼といったり、花乃子の言うことはちっとも意味を成さない。
けれども、聞き返しても何でもないといわれてしまったので、仕方なくクラスのシートに戻るべく歩き出した。
◇
きゃぁぁぁぁぁぁ!!
シートでボケーっとしていたら、いきなり黄色い声がグラウンドに響いた。何事だと顔を上げて周りを見渡した。
「え、何?」
「何ボケっとしてるの、ちゃん。これから三年生の対抗リレーだよ! 三年生の!」
肩を掴んでゆらゆらと揺らすのは、夏休みに世話になっていた女子テニス部の友人だ。彼女の声もどこか興奮したものになっている。
だから、どうした。そんな感想が漏れた。さっきも中等部一年の対抗リレーやったじゃないか。そういえば、乱太郎君は物凄く早かったなぁ。手を振ったら振り返してくれて嬉しかった。
「何呑気にしてるの! 立花先輩が走るのよ!」
「たちばなせんぱい?」
誰それ? そんな風に呟いたら、目の前の友人だけでなくクラスの子の視線がこちらに向いた。その視線が凄く痛いのは気のせいではないだろう。
「信じられない、さん本気で言ってるの!? 生徒会長じゃないの!」
「あ、あー……そんな名前だったよう、な?」
そう言えば、開会式のときに軽く挨拶をしてたような気がする。
色白いなぁ、焼けないのかなぁと感想を漏らしていたあの人が立花先輩なのか。
「だったじゃなくて、そうなの!」
「うん、ごめん」
あまりの剣幕なので、素直に謝罪した。
「それよりも誰の応援する?」
「私は、断然、立花先輩!」
「私は七松先輩!」
なんか凄いなこの空気。ピンクっぽいものが周りに浮いているような気がする。
それだけ、その先輩たちが人気があると言う事なのだろう。
けど、七松先輩まで人気があるのは驚いた。でも、あの人は黙っていればカッコいいし、こういう体育祭とか率先して頑張っているから、そういう場面を見て好きになる女子も多いのだろう。
「さんは、誰を応援するの?」
「え、私?」
傍観していたら声を掛けられた。
特別誰をということは考えていなかったのだけれども、期待をした目で答えを待たれているので、いないとは言い難かった。
「あ、ええと、さ、三組の人、かな?」
この体育祭は紅白対抗ではなく縦割りクラス対抗なのだ。だから、ここは同じ組の3組の人を応援するのが妥当だと思う。
「さん、結構分かってるじゃん!」
「え、あ、はぁ」
両手をとられて嬉しそうにされた。もしかして、その三組の人も立花先輩みたいにイケメンなのかもしれない。
「あ、始まるわよ!」
誰かの声に女子が一斉に視線をグラウンドへ向けた。
その綺麗に揃った動作を行進練習の時も発揮していたらいいのにと思ってしまったのはここだけの話だ。
そう思いながらも、私も視線をそちらへ向けた。第一走者がスタート地点に並び始めていた。
「あ」
私はその中に見覚えのある人がいることに気付いて、そんな声を漏らした。
それと同時にクラスの女子が先ほど喜んだ意味が直ぐに分かった。
(なるほど、食満先輩か)
見た目は怖そうな人だけれども、話してみると凄く優しい人だと言う事をこの短期間で学んだので、モテるのも分からないのでもない。
特に後輩の話をしてるときは嬉しそうだった。本当に優しいオーラが出ていた。あのギャップにはまる人もいるのだろう。
「立花先輩頑張ってくださーーい!」
「七松先輩ガンバー!」
「ほら、さん! 私たちも食満先輩の応援しなきゃ!」
「え、あ、うん」
いつの間にか食満先輩応援団に分類されてしまったらしい。
隣の子が肘を突いて来た。
「け、食満先輩、頑張ってくださいっ!」
応援するのは正直恥ずかしかったが、周りも応援の声が飛び交っているので、そこまで聞こえることもないだろう。
(……あれ?)
けど、チラリと先輩はこちらに視線を向けたような気がした。
けど、次に瞬きをした時には先輩は既にスタート地点で構えに入っていて視線は交差することはなかった。
(気のせいかな)
そう思いながら、レースが始まるのを待った。