そんな君が好きだから
久々知・竹谷編//前編
『三郎と雷蔵と三人で映画見に行ったなんてズルイ! ってことで、俺もと行くからな!』
その翌日、頬を膨らませた竹谷先輩から強引に約束を取り付けられた為、その次の休みがDVD鑑賞会になってしまった。
なぜ映画ではなくDVD鑑賞になったのかというと、ちょうど上映しているホラー映画がこの間見たものしかなかったからだ。
アクション映画でもいいんじゃないですかと告げたのだが、ホラー映画じゃなきゃ嫌だとこれまた駄々っ子と化した竹谷先輩に言われて、渋々了承したのだ。
「それで、なんで久々知先輩のお宅なんですか?」
呼び出された場所は、以前にも行ったことがある久々知先輩の自宅だった。竹谷先輩主催なのに、会場が久々知先輩宅とはこれ如何に。
「八左ヱ門の部屋は汚いから」
ちょうどお茶を入れてきてくれた久々知先輩が、コップをテーブルに置きながら、さらりと告げた。
「兵助、それは言うなっていっただろう!」
「ああ、そういうことですか」
竹谷先輩が、片付かなかったから部屋を貸してくれといっている姿が容易に想像できる。だから素直に頷くと、竹谷先輩が拗ねた表情を浮かべた。
「も納得すんなよ!」
「じゃあ、今から竹谷先輩のお宅に伺ってもいいですか?」
「そ、それは……じ、次回のお楽しみだ!」
誤魔化すように笑みを浮かべて告げた竹谷先輩に、次回もあるのかと心の中で突っ込みを入れながら、こっそりとため息を吐いた。
「それよりも、八左ヱ門。何を見るんだ?」
「ああ、ホラー好きな後輩から色々借りてきたんだ。どれから見る?」
鞄の中からいくつもDVDを取り出した先輩に、私は、本当にホラー映画オンリー鑑賞会なのかと苦い笑みを浮かべた。
「これは、俺も見たことある」
久々知先輩が、そのうちに一つを手にとって見せた。
「あ、それって、海外の脱出系のやつですよね?」
覚えのあるパッケージに私も内容を思い出しながら告げる。
「じゃあ、これはパスだな」
竹谷先輩は、直ぐにそれを鞄の中にしまった。
「他に見たことある奴があれば除外するから言ってくれ」
そう告げられて、ざっとパッケージを見た。古いものから新しいものまでたくさん揃っている。知らないものが多いので、DVDの持ち主がかなりのホラーマニアなのが覗えた。
「じゃあ、まずはこれにするか」
さすがに一日で全部は見きれないということで、適当に選んだものから見ることになった。
竹谷先輩がDVDを入れているのを視界に入れながら、私は、久々知先輩に入れて貰ったお茶を手にしながら、軽く辺りを見渡した。
「どうかしたか?」
「え、いえ、以前はあまりじっくり見なかったので、改めて眺めてみただけです」
久々知先輩が不思議そうな顔で尋ねてきたので素直に答えた。すると、あんまり変わってないよとあっさり返された。
「久々知先輩のお部屋も、こんな感じですか?」
「俺? 普通だと思うけど」
「兵助の部屋は、ミスマッチだぞ」
DVDを入れ終えたのか、竹谷先輩はソファに腰を下ろしながら話題に入ってきた。
「ミスマッチ?」
「おう、綺麗に整頓されててシンプルな部屋なんだけど、ヌイグルミがたくさん飾ってあるから、なんか異様な光景に見えるんだよなー」
「ぬいぐるみじゃない。豆腐一家だ!」
竹谷先輩の言葉に、久々知先輩は反論の言葉を発した。しかし、突っ込みを入れる箇所がかなりずれている。
「豆腐一家って、なんですか?」
「豆腐協会のマスコット家族だ! 木綿君と絹ごしちゃん、大豆君、おからちゃんに、厚揚げじいと……」
途端に先輩が饒舌になった。目がキラキラとしているのは気のせいではないだろう。
「……レアキャラで、えだまめ君っていうのがいて」
「兵助、もういいから、DVD見るぞ」
豆腐一家の家族構成とその仲間たちについて解説していた久々知先輩は、当初の目的を思い出したのか、少し残念そうな表情を浮かべて口を閉じた。
◇
「終わりましたね」
ホラー好きな人だけあって、なかなかマニアックな怖さだった。
けれども、映像が古いからCGや特殊効果は少なくて、グロさは半減しているのがせめてもの救いだ。これから昼ごはんだというのに、グロイものだったら食欲も失せてしまったことだろう。本当に、無難なホラーで良かった。
「しかし、本当にって平気なんだな」
「え?」
「三郎が怖がってくれなくてつまんなかったって言ってたのは、本当だったんだなぁ」
鉢屋先輩はそんなことまで話していたのか。
でも、怖くないってわけじゃない。今は真昼間だし人だっている。一人きりで真夜中に見たら流石に怖いだろう。それに全部が全部平気って訳でもない。苦手なものだってある。けど、それを言うと絶対に楽しがられるので黙っているのだ。
「竹谷先輩、そんなに私を怖がらせてどうしようというんですか?」
「え!?」
ギクリと効果音がつきそうなほど動揺を見せた竹谷先輩に、何か企んでいるんだと悟ってジト目になる。
「そ、そうだ、飯食おうぜ! 俺腹減った!」
私からそっと視線を逸らしながら竹谷先輩は、久々知先輩に空腹を告げた。明らかな話題逸らしだと分かっていたけれども、私のお腹も空腹を訴えたので、素直にその話に乗っかることにした。
「お昼、どこで食べるんですか?」
「素麺好き? 作ったんだ」
「え?」
てっきり外で食べるものだとばかり思っていたので、久々知先輩の言葉に首を傾げる。
「あ、嫌い?」
「いえ、好きですけど」
「用意するから、ちょっと待ってて」
そう告げて久々知先輩は、立ち上がった。
私は慌てて立ち上がる。
「手伝います」
ご馳走になるんだからせめてお手伝いだけでもと先輩の後に続いて声をかけると先輩は、座ってて良いのにと告げた。けど、素直にしたがうわけにも行かず、私は首を横に振った。
「じゃあ、棚から器出して持って行ってくれるか? 箸は引き出しの右側にあるから。お盆はこれ使って」
「はい!」
私はその言葉に、大きく返事をした。
食器棚から透明な器を3つ取り出す。箸も言われた引き出しから3対取ってお盆に乗せた。
「あ、つゆはこれ」
久々知先輩は思い出したように口を開いた。冷蔵庫の扉を開き、ガラスポットを一つ取り出して、こちらに手渡した。
「もしかして、手作りですか?」
ボトルが既製品のものではなかったので驚きながら尋ねると、久々知先輩は小さく頷いた。
「が来るって聞いたから、気合入れてみた」
気合入れるところ間違ってますと突っ込みたかったが、自分の為にわざわざ素麺用のつゆを作ってくれたことが嬉しかったので、私は素直にお礼の言葉を述べた。
「じゃあ、行くか」
「あ、はい」
私もお盆を手にして、リビングに戻った。
「おー、美味そー!」
テーブルに並んだ素麺と具を見て、竹谷先輩が瞳をキラキラとさせた。余程お腹が空いていたらしい。思わず笑みがこぼれる。
「はい、竹谷先輩、お箸です」
「おお、ありがとな」
先輩はそれを受け取り、器に汁を入れると素麺を浸して啜る。
「んー、冷たくてうまいー」
本当においしそうに食べる人だ。先輩を見ていると自分も凄くお腹が空いてきて、箸を手に取り、素麺を掴んで器に浸して口に入れる。
「美味しいです」
麺は茹で過ぎておらずちょうどいい硬さだ。めんつゆも鰹が効いていて美味しい。
私の言葉に久々知先輩は、嬉しそうに口角を上げた。気合を入れたと言っていたから、褒め言葉を貰えたのが嬉しいのだろう。それに、世辞を言わずとも実際に美味しいので、箸がよく進む。現に竹谷先輩は、凄まじいスピードで消費している。久々知先輩に「俺の分は残しておけ」と注意されているくらいだ。
(平和だな……)
二人のやり取りを見ながら、私は、ノンビリとした感想を漏らした。