(雷蔵視点)
「今日も駄目だって」

パタリと携帯を閉じながら雷蔵が告げた言葉に、八左ヱ門がブーイングの声をあげた。

「最近全く一緒にならないから、ものすげぇ楽しみにしてたのに……」

グテッと机に突っ伏す八左ヱ門に構わず、横に居た兵助がコクリとお茶を飲んだ後、口を開いた。

「雷蔵が一年の時って、そんなに忙しかったか?」
「うーん? 教授が違えばやり方も違ってくるだろうから、よく分かんないよ。それにさんにとっては初めてのことだらけだから、慣れなくて色々大変なのかもしれないよ?」

雷蔵は彼女と同じ学部を専攻しているけれども、彼女がどんなカリキュラムを組んでいるか知らないし、授業によっては差異も出てくるので、一概に去年の自分と同じだとは判断できない。

「俺もワクワクしてたのにー!」

そして、勘右衛門が悔しそうに口を尖らせた。そう言えば、勘右衛門は入学式の後に紹介して以降会っていないといっていた。彼と彼女の棟が正反対の位置にあるから、遭遇率が一番低いのだ。

「私も国文学を選べば良かったかなぁ?」
「自分には向いてないって選択の時に言ってたじゃないか」

一人でさっさと食事にありつき始めていた三郎がふと言葉を漏らしたので、雷蔵が呆れた声で言葉を発した。その言葉に、まぁなと三郎は言葉を返しながら、から揚げに箸をつけた。

学科の違う五人なので、昼食をとる時は誰かしら抜けている事の方が多いのだ。
しかし、今日は珍しく全員が揃った日だった。しかも、彼女と一緒にランチをとる曜日に。

だから、皆それを楽しみにしていたのだが、雷蔵の携帯に入ってきたメールは先週と変わらぬ断りの内容だった。

前期テストが近いし、この間会った時もレポートで忙しいと言っていたので、都合がつかないのは分かっている。けれども、昼食以外でも会うことが減ったような気がするのは気のせいだろうか。同じ講義を取っていることもあるので、一緒に授業を受けてはいるのだろうけど、大きな教室でやってるし、彼女も友達と一緒だから声を掛け辛くて、話せないことの方が多い。
近くにいるのに話せないというのは、とても寂しい。せっかく同じ大学内に居るというのに、会えないんじゃ意味がない。

「おい、三郎、携帯鳴ってるぞ?」

彼女と一緒に食事が出来なくて残念がっていた八左ヱ門も観念して食事をし始めたようだが、テーブルに置いてあった三郎の携帯が光っているのに気づいて、それを指した。三郎は、あぁと気づいてそれを手に取る。しかし、ディスプレイを見て腰を上げた。
誰からだろうと首を傾げる間もなく、三郎はちょっと席を外すと告げて、さっさと食堂から出て行った。

「……誰だったんだろうね?」
「彼女からなんじゃない?」

雷蔵は首を傾げながら呟く。すると、兵助がそう続けた。その言葉に、今度は、八左ヱ門が眉を顰めた。

「あいつ、本当に節操がねぇな」

その言葉に否定は出来ず、雷蔵は曖昧な笑みを浮かべた。
高校の頃から三郎はモテていたが、大学に入ってもやはりモテていた。来るもの拒まず去るもの追わず精神の三郎は、告白してくる相手に片っ端からOKを出していて、付き合っては別れ、また別の子とつき合っては別れるということを繰り返していたのだ。
雷蔵ですら、どの子が彼女なのか分からないくらいの無節操さだった。

「……でも、四月になってから、大分落ち着いたよな」

兵助の言葉に、手にしていた箸がカツンと食器に当たった。
内心の動揺がばれない様に、さり気なく箸を持ち直した。

「そうなの? 俺的には、あんまり変わらない気がするんだけど?」

この一年間、三郎の無節操っぷりを垣間見ていた勘右衛門は、不思議そうな表情を浮かべた。

「うん、そうだよ。三郎が学内で誰かを連れ歩いてる姿を見かけなくなった」

雷蔵は、その理由に薄々気付いていた。三郎が無節操な事をし始めたのは、去年の四月。そして、落ち着いたのが今年の四月。その間に違っていた事といえば、一つしかない。

―― さんがいるかいないか。

三郎は、彼女に関しての事だけは分かりやすい性格をしているなぁと思った。
けど、しょうがないなぁと笑っていられる問題でもない。それだけ彼女の事が本気だからこそ、悩んでいたのだろう。もしかしたら、この一年間の無節操さは、彼女を忘れようとする為の行為だったのかもしれない。
けど、彼女が同じ大学に入学してきて、忘れようとしていたのに忘れられなかった事に気づいてしまったのだろう。

そんな風に結論付けたのは、自分も同じだったからだ。
三郎たちのように他の子に気持ちを映し返すことも、忘れる事もできなかった。それならば、さっさと告白して振られてしまえばいいのだと思って、いざ電話すれば、鼓膜を刺激する彼女の声に、さらに恋心は募っていって、結局どうする事も出来なかった。
それからもずっと答えの出ぬままの状態は続き、今年の春に学内で彼女と再会して、こうしてまた昔と変わらぬ関係が始まると途端にこの微妙な関係がとても心地よいものに感じてしまったのだ。

おかげで雷蔵は、今も自分の気持ちに答えが出せず、どうすればいいのかと悩みばかりが増えてしまっている。この時点で既に重症だった。


「そういう八左ヱ門こそ、彼女さんとはどうなってるの?」

話題を無理やり逸らす為にそう告げると、ご飯を食べていた八左ヱ門は、味噌汁を啜りながら軽く告げた。

「別れた」
「……え?」

何事もなかったかのようなあっさりとした発言だったので、思わず耳を疑ってしまった。

「だって、可愛い子でスタイルも良くって、いい子だって言ってたじゃない」
「けど、別れたんだよ」
「いつ?」
「去年」
「そんなにも前に!?」

思わず吃驚した声を発してしまった。初耳だし、そんな素振りだって全く見えなかった。あ、でも考えみれば、三郎が唐突に鍋パーティーやろうとか言い出して、みんなで八左ヱ門の部屋でやったよね。あれが実は失恋パーティーだったのかもしれない。もしかして、知らなかったの僕だけなんじゃないだろうか。

「どうして、別れたの? 仲も良かったじゃないか」
「雷蔵、八左ヱ門の部屋を思い出してみて」

兵助の言葉を不思議に思いながらも、言われた通りに思い浮かべた。
僕たちは、みんな大学の近くの学生アパートで暮らしている。僕は一階の端で、三郎は日当たりのいい三階の角。兵助は二階の真ん中で、八左ヱ門は一階の僕の二つ隣りの部屋だ。ちなみに、勘右衛門は僕たちが住んでいる学生アパートの近くにある親が経営している店の二階で暮らしている。

たしか、八左ヱ門の部屋には、玄関に入ってまず、右側に大きな水槽がある。熱帯魚がいっぱい入ってる。そして、中に進んでいくと、また水槽がある。実験で孵化させたカエルのジロウが居たはずだ。そして、その反対側にも水槽があって、そっちには水は入ってなくて変わりに土が敷き詰めてある。その中には蛇のゴロウくんがいる。基本はそんな感じだけど、夏になるとそこにカブトムシが加わるし、秋には鈴虫が加わっていたはずだ。

「……まさか」

雷蔵はそこまで思いつくと、嫌な考えが頭に過ぎった。
それを肯定するように兵助が大きく頷いた。

「彼女を家に連れ込んだのはいいんだけど、彼女が大の爬虫類嫌いだったんだよ」
「それが原因で、別れたの?」
「しかも、彼女に『全部、捨ててきて』とか言われたらしくて、『そんなこと出来るか!』って怒ったらしいぞ? そうしたら、『ゲテモノ好きとなんて付き合ってられない! さよなら!』とかいって振られたんだってさ」

八左ヱ門が一度飼った生き物を捨てることが出来ない性格なのを知らないから言ってしまったにしても、捨てろっていうのは、失言に思える。

「でも、それって修復可能だったんじゃないかな?」

ちょっとした意見の食い違いから発展した喧嘩なら、互いに話し合えばいくらでも修繕することは可能だったと思う。

「無理無理、彼女、その一週間後に別の男と付き合いだしたらしいから」
「……ごめん」

真相を追究するんじゃなかった。思いっきり八左ヱ門の古傷を抉ってしまった。
雷蔵は小さく謝罪の言葉を八左ヱ門に告げた。

「別に、もう気にしてねぇし」

八左ヱ門は、白米をパクパクと口に放り込みながら、そう告げた。
本当に気にしていないみたいだ。雷蔵はホッと安堵の息を吐いた。

「そういうお前らは、彼女とか作らねぇのか? それなりにモテてるって聞いてるけど」
「え!? 俺はモテてないよ! だって、一度も告白されたことがない!」

勘右衛門が慌てて首を横に振った。彼の言葉に八左ヱ門が天然二号めと呆れた声で呟いた。一号は言わずとも理解できて、僕は苦い笑みを浮かべた。

「んじゃ、雷蔵は?」
「僕は、よく知らない相手と付き合うのはちょっと……」

告白してきてくれる人は、誰もが良い人そうに見える。だけど、お互いのことを知らないのに、すぐに付き合うなんてこと出来る筈がない。それに――

「俺、が一番好きだし」

思っていたことを口に出されて大きく心臓が震えた。けど、それを口にしたのは自分ではない。
八左ヱ門と一緒に唖然とした表情で声を発した本人に視線を向けた。
二人の視線を受けて、兵助は不思議そうに首を傾げた。

「何? 俺、何か変なこと言った?」
「おま、おまえなぁ! そういうことをサラッと言うな!」

八左ヱ門が顔を赤くして怒鳴るけれども、意味の分かっていない兵助はきょとんとしたままだ。

「え? だって、本当のことだし。八左ヱ門も雷蔵も、のこと好きだろ?」
「え、ええと……まぁ、そう、だけど」
「そ、そりゃ、嫌いじゃ、ねぇけど」

一体どういう意味で尋ねているのか分からず、八左ヱ門と雷蔵は、二人でもごもごと歯切れの悪い返答を述べた。

「えー、俺だけ蚊帳の外なんだけどー」

ブーブーと隣で勘右衛門がブーイングをあげながら、俺もさんのことが好きだって同調しておいた方がいいのかな、でも会ったの一回だけだし、でも嫌いって訳じゃないからいいのかなーと呟いているけど、それに応えられる余裕もなかった。

「お前ら、なんで顔を赤くしてるんだ?」

ちょうど帰ってきたらしい三郎が、そんな二人を見て不思議そうに聞き返してくる。

「な、なんでもないよ! それよりも電話なんだったの?」
「大したことじゃないさ。それよりも早く食おう。昼終わるぞ?」

三郎の言葉に箸を動かす手が止まっていた事に気づいて、雷蔵も慌てて食事を再開させた。


薄れゆく季節



081122 (100309:勘ちゃん投入)
ヒロインが居ない空白の一年間、恋心を維持するか忘れようとするか。
それぞれ葛藤はあったんじゃないかと思います。