「潮江文次郎! てめぇ、経済学部の人間がなんでここに居るんだよ!?」
「それはこっちの台詞だ食満留三郎! 工学部の人間がなんでここに居るんだ!」

ものすごく聞き覚えのある名前が耳に届いてしまったような気がするのだが、気のせいだと言い聞かせて素通りしていいだろうか。

「あ、!」
「何ぃ!?」

はい、無理でした。




束の間の極光




「――で、先輩たちは、私に何のご用でしょうか」

いつまでもそこに居ると観客の目が痛いので、二人を連れて場所を変えた。
けど、二人は未だにいがみ合っている。本当にこの二人は仲が悪いようだ。

「そうだった。この間、に頼まれた時計を持ってきたんだ」
「あっ、アレ直ったんですか!?」

お気に入りの腕時計だったのだが、ピタリと止まってしまったのだ。
どうしても捨てられなくて、機械に得意な人にでも見てもらおうかと工学部の棟をうろうろしていたら、食満先輩に声を掛けられ直してもらうことになったのだ。

「おぅ、歯車が外れてただけだったからな。ついでに電池も変えといてやったぞ」
「うわぁ、ありがとうございます。おいくらですか?」
「いや、金はいらねぇ」

鞄から財布を取り出そうとしていたところで制止の言葉を掛けられたので、驚きで先輩を見詰めると、遅くなったけど入学祝いってことでと返されてしまった。

「ありがとうございます!」

それを両手に包んでお礼の言葉を発したら、食満先輩も嬉しそうに笑みをくれた。
食満先輩は面倒見もいい上に器用だ。こんな頼りになる人を彼氏に出来るなんて、彼女さんが羨ましい。そういえば先輩って今は彼女いるんだろうか。

! 手をだせ!」
「うわ、はい!」

そんなことをぼんやりと考えていると真横から大声で怒鳴られたので、慌てて手のひらを差し出した。
すると、チャリンと音を発して硬貨が数枚手のひらに乗せられた。

「この間の代金だ」
「あ、いつでも良かったんですよ? でも、わざわざ持ってきてくださってありがとうございます」
「別に、こっちに来たついでだ」

そう告げて、ぷいっと視線を逸らされた。
多分、奢ってもらった件がまだ恥ずかしいのだろう。潮江先輩は意外と可愛い人なのかもしれない。でも、本人に告げると確実に怒られるので黙っておこう。


「用件が終わったんならてめぇは帰れ」
「お前こそ帰れ」

また始まった。
個人個人は凄く良い先輩なのに、どうして二人セットになると直ぐに喧嘩が始まってしまうのだろうか。
そりが合わないとか生理的に受付けないんだとか言っていたような気がする。
私から言わせれば、似た者同士って感じに見えるのだが、これも本人たちには言えないだろう。


「あー! 留三郎、ここにいた!」

すると、聞き覚えのある声が横から聞こえて、視線をそちらに向けた。すると、向こうもこちらの存在に気づいたようで目が見開かれた。

ちゃん!」
「伊作先輩、お久しぶりです」

この状況を打破する救世主の登場に、私は笑みを浮かべて先輩に挨拶の言葉を述べた。

「久しぶりだねー。っていうか、留三郎、ちゃんのところにいくなら教えてよ!」

キッと隣にいた食満先輩を睨みつけた。先輩は、あははと笑って明後日の方向を向いている。そんなに私と会うことを知らせたくなかったのだろうか。

「そ、それよりも伊作。何か用事か?」
「壊れた備品の修理頼んだこと、忘れてないだろうな?」
「ちゃんと覚えてるって、こっちを優先させただけだから」
「……ふーん」

伊作先輩は、かなりいじけてるみたいだ。ぷくりと頬を膨らませている姿がとても可愛い。

、俺行くわ」
「あ、はい、時計ありがとうございました」

笑みを浮かべてそう告げると嬉しそうに笑った。そして、視線を潮江先輩に向けて勝負はお預けだと告げて去っていった。

「やっと、煩いやつが去ったな」
「あははぁ……」

なんとも言い難いので、愛想笑いを浮かべて返した。
すると、はぁと潮江先輩はため息を吐いた。

そう言えば、先輩の隈はいつにも増して増えている。
もしかして、徹夜続きなんだろうか。それなら、わざわざこっちまで来なくても連絡をくれれば取りに言ったのに。なんだかんだ言いながらも、こういうところに律儀なのが、後輩に慕われる理由なのかもしれない。

「先輩、コーヒーでも奢りましょうか?」
「はぁ?」
「いえ、お疲れのようなので……」
「バカタレ、奢ってもらわんでも金くらい持ってる。それに、女に奢ってもらうのは好かんと言っただろう」
「そういう人に限って彼女とのデートは割り勘だったりするんですよねー」

潮江先輩には申し訳ないが、先輩が全額出しているところが想像できない。電卓を出して1円単位で算出している姿が簡単に想像出来て、笑えてくる。

「か、彼女!? 変なことを言うな!」

先輩が顔を赤く染めて、怒り出した。ちょっとからかいすぎたようだ。

「すみません」

私は、眉尻を下げて謝罪の言葉を述べた。

「全く。からかうのもいい加減にしろ」
「だって、潮江先輩って、私の言うことには直ぐに反応してくれるじゃないですか、それが、なんだか嬉しくて」
「ば、バカタレ、そういうことを気軽に言うな! じゃあ、俺も戻るからな!」
「はい、それじゃあ」

そう告げた先輩に笑いを噛み締めながら手を振った。
何か言いたそうな顔をされたけれど、たぶん、反応したらまたからかわれるとでも思ったのだろう。口を閉じて、そのまま去っていった。

先輩の背が小さくなるのを見送った後、私は、振っていた手を下ろした。



081203