来訪者の声


「終わった……色んな意味で」
「諦めなさい。後は、大人しく結果を待つのみよ」

パタリと机に顔を伏せて告げた私に、頭上から友人の花乃子の苦笑を含んだ声が聞こえた。

なんだかんだと時は過ぎ、あっという間にテスト期間に入った。ほかのことを考える暇もないほど脳みそに詰め込んだ知識を、全て紙面にぶちまけられたかどうかも分からない。
ともかく、テストが終了した。後は、残りのレポートを提出すれば、念願の大学生活初の夏休みだ。講義に縛られる事もなくなったので、ほぼ夏休みになったも同然だ。

「ほら、だれてないで帰るわよ」
「うーん」
「帰りに何か奢ってあげるわよ?」
「はい、帰りましょう!」

スタッと立ち上がった私を見て、花乃子が呆れた表情を浮かべた。
付き合いも4年目となると、友人も私の扱いがうまくなってきた。よく分かっていらっしゃる。

そして、鞄を持って教室を出ようとしたところで、鞄の側面に入れたままの携帯が震えていることに気づいた。誰だろうと首を傾げて携帯を取り出す。

「げ」

私は思わず、そんな声をあげてしまった。花乃子が、どうしたのと怪訝そうな顔で尋ねてきた。

「タカ丸から」
「早く出てやりなさいよ」
「分かってるよ」

ディスプレイを見たまま眉を顰めている私に花乃子が急かすように告げたので、渋々受話ボタンを押した。

ー、テスト終わったぁ?』
「アンタ、どっかから監視してるんでしょう。そうでしょう。怒らないから言え」
『えぇ? そんなの僕に出来るわないでしょー?』

私も出来るとは思ってない。でも、思いたくなるほどタイミングが良すぎるのだから、言ってみたくなっただけだ。

「で、何?」
『あっそぼー!』
「仕事は?」
が今日でテスト終わるって従業員の人に話したら、あがっていいよーって言ってくれたの!』

思わず携帯電話を握りつぶしそうになって、慌てて力を緩めた。
タカ丸は、大学に進学せず就職した。とはいえ、父親が経営している美容院の二号店を任されるというこの不況時代に何とも羨ましい出世コースだ。こんなのが店長でいいんかいと突っ込んだのは、記憶に新しい。でも、仕事に関してはきっちりしているみたいだ。この間、雑誌に載っているのを見たので、それなりに繁盛しているようだ。客の大半が若い女の子みたいだけど。

で、なんでか私の名前はその店の従業員一同に知れ渡っているらしい。
犯人はタカ丸しかいないわけだが、どういう風に伝わってるのか知らないからこそ怖い。
絶対にタカ丸の店には行かないと心に誓っている。

「友達とカフェに行くから却下ねーって、ちょっと!」

断りの言葉を述べている途中で、いきなり花乃子が私の携帯を奪った。花乃子もタカ丸の元クラスメイトで互いに知っている仲だから話をしても問題はないけど、すごく嫌な予感がした。

「タカ丸さん、久しぶりです。あぁ、はい。いいですよ。貸してあげます。気にしないでください。じゃあ、今度お店に行く時にサービスしてくださいね?」

嫌な予感ほど良くあたるとは言うけど、本当に予想通りだった。

「なんで、OKしちゃうのよ!」
「私とはいつでもいけるじゃない」
「そ、そうだけど」
「ほら、まだ繋がってるから。じゃあね、また今度。お幸せに〜」

そして、花乃子は私に携帯を手渡して、さっさと帰っていった。
なんということだ、友人に売られてしまった。しかも、その報酬が美容代である。微妙だ。

『おーい』

受話口から彼の声が聞こえてきたので、耳に当てなおした。

「お詫びにケーキ奢れ」

どすの効いた声で脅しにも似た命令を告げてやった。こうなれば今日一日、アンタは私の財布だ!

『いいよー』
「…………」

軽く了承の返事を貰った。相手は全くダメージを受けていないようだ。凄く悔しい。
これだからカリスマなんか嫌いだ。カリスマが関係ないのは、分かってる。ただの八つ当たりだ。

『それでね、僕、校門の前で待ってるんだけど』
「は?」
『あ、ちゃんと車で来てるから、ね?』
「ね、じゃないから」

私は慌てて止めていた足を動かし始めた。
校門前といえば、思いっきり生徒の目の付く場所である。そんなところに待ち人がいて目立たないはずがない。しかも、相手は有名カリスマの息子だ。髪は金髪。女の子にも有名。目立ちまくりじゃないか。

「切るからね!」

そう告げて、有無を言わさず会話を終了させた。携帯を閉じて鞄に押し込めた。

なんで、私があいつの為に走らなきゃいけないんだ!



「あ、〜、やっほー」

(はぁはぁ……やっほー、じゃないわ、ばか)

女の子に囲まれたタカ丸が、私に気付いてこっちに手を振ってきた。途端に突き刺さるのは嫉妬の視線だ。
無視して裏門から帰ればよかったと心底思った。ただでさえ鉢屋先輩の彼女に嫉妬されてて大変なのに、タカ丸のほうまで嫉妬の嵐を貰うなんて勘弁してくれ。

そんなことに気づいているのかいないのか、タカ丸は周りの女の子たちにごめんねと謝りながら、輪から出てきた。肩で息をしている私に、走ってきたの? と軽い口調で尋ねてきたので睨みつけておいた。

「じゃあ、行こっか」

けど、全く気にしていないみたいで、元気よく手を差し出された。
彼女たちの視線がある中で、受け取る訳にも行かない。けど、一緒に帰る時点で既に人目に晒されているからアウトな気もするのだけど、ここまで迎えに来てもらっておいて(頼んでいないけど)断るなんて、それこそ失礼極まりない行為だと分かっていたので、我慢した。しかし、差し出された手を取らずに、そのままタカ丸の車に足を向けた。

後ろからタカ丸がついてくるのが分かったけど、振り向いてやるもんか。
助手席の扉を開けて勝手に乗り込む。以前に乗せてもらったことがあるので、勝手は知っている。シートベルトを締めて、そのまま無言で前を向いた。
すぐに運転席に彼が乗り込む。だが、シートベルトを締める気配がない。

「ねぇ、怒ってる?」
「怒ってる」
「えー……僕、何かした?」
「今度から、校門前で待つの禁止ね」
「え?」
「だから、校門前で待つのは禁止――って、何で笑ってるのよ」

視線を彼に向けると物凄く嬉しそうに笑っている顔が見えて眉を寄せて問い返した。

「今度からってことは、次回もあるってことだよね?」
「言葉のあや!」
「えへー、じゃあそういう事にしておくねぇ」

へらへらといつもの笑みを浮かべながら、タカ丸もシートベルトを締めた。キーを差込み捻る。エンジン音を発しながら車は動き出した。

「何処に食べに行く?」
「何処でもいい」

むしろ、このまま帰らせてください。今日は、テストと女の子たちの視線とアンタで疲労困憊だ。
そう告げても相手には、通用しないだろう。昔からこういうところは強引なのだ。

「じゃあ、海沿いにあるカフェでいいかな? この間、お店の子がそこのケーキがすごく美味しいって言ってたから」
「……その人、女性?」
「え、うん。バイトの子だよー。女子大に通ってるんだって、背もすらっとしてて美人さんでねー」

もしかして、それはタカ丸が誘われていたんじゃないだろうか。タカ丸が大のケーキ好きならばいざ知らず、そうでもないのにわざわざタカ丸に告げるのだから、一緒に行きたいと思っていたのだろう。
しかも、美人女子大生など美味しいシチュエーションだ。それなのに、思いっきりフラグ折ってしまうなんで勿体無さ過ぎる。

「その子を誘ってあげればいいのに」
「えぇー? 僕、以外と行きたくないもん」
「成人のくせに、もんとか言うな気持ち悪い」
「相変わらず、毒舌だなぁ」

むしろ、凹まないタカ丸が凄い。
私も一応年上相手に酷いこと言っているという自覚が出てきたけれど、なんというかタカ丸は、傷付くと言いながらも全く気にしてない素振りで返してくるので、多少の事ははっきり言っても平気なのかもしれないと思って安心して発言してしまうのだ。


「相変わらず、スルースキルも高いしなぁ」
「ん?」

首を傾げて問いかけると、タカ丸は、なんでもなーいと笑った。

よく分からなかったが、まぁ、いいかと流した。




081219
大学編では、逆にタカ丸に振り回されてます。でも、やりかえします。