「ちょっといいかしら」
この台詞を聞いて『既視感』と言う単語が脳裏に浮かんだのは、仕方のないことだと思う。
今は、コーヒーショップの奥の部屋を陣取って向かい合っている。
そして、目の前にはこの間出会った竹谷先輩の知り合いである璃麻さんがいる。
今日は、一人で町に出かけた。夏休みに入る前に学校帰りにある書店で予約しておいた本の入荷が今日だったことを思い出したのだ。
そして、先ほど本屋を出たところで、ばったり彼女に出くわしてしまい、有無を言わさず、ここまで連れて来られたというわけだ。
こういう時に限って何故と思ってしまう。こんなことなら予約せずに休み明けを待ってから買えば良かった。でも、物凄く読みたい本だったので、予約しなくても当日買いに来ていただろう。
目の前の彼女の雰囲気は、とても怖かった。注文したアイスラテに口をつけられる雰囲気でもない。カランと氷がぶつかり合う音が響いた。
「アンタ、八左ヱ門の彼女?」
そんなことを考えていたら、これまた低めの声でそう聞かれた。
この間の可愛らしい彼女は何処に行ってしまったのだろう。怒っているからこそキャラが変わっているのかもしれないけど、別人過ぎて怖い。なので、先ほどの質問を早く訂正するためにも口を開いた。
「いいえ、違います」
「ふん、そうよね。アンタみたいなのが、八左ヱ門の彼女のはずがないわ」
はっきりいう人だ。確かに自分でも璃麻さんみたいに可愛いとも思ってないし、鉢屋先輩の彼女みたいに美人だとも思ってないから正論なんだけど、私も人間なので、ちょっと傷付いた。
「あの、璃麻さんは、竹谷先輩のお友達、ですか?」
しかし、今まで出会った事もなければ、竹谷先輩から紹介を受けた事もない。
どういう関係なのだろうと素朴な疑問があったので尋ねてみた。
「元カノよ」
はぁ!? 思わず、そう叫びそうになったが、何とか堪えた。
先輩に元カノいたなんて聞いていない。むしろ、彼女がいたことすら初耳だ。
だが、わざわざ後輩に彼女が出来たことを報告する人がいるとも限らない。鉢屋先輩も黙っていたのだから、竹谷先輩も言わないのは当然かもしれない。
そうなると、不破先輩と久々知先輩も、実は彼女がいますという展開になるんじゃないだろうか。あの先輩たちも影でモテていた。だから、居てもおかしくない。今度、聞いてみようかな。
「でも、彼女に戻るつもりよ」
「へ?」
「八左ヱ門は、見た目も悪くないし。やっぱり、彼が一番、夜の相性が良いのよねぇ」
こんなところで大っぴらに言うこの人の神経が信じられなかった。
むしろ、そういう判断で付き合うものなのだろうか。なんか、ちょっと違うような。でも、どれが正解かも分からないから、突っ込まないでおいた。
「あの、それで私に話って何ですか?」
ぶっちゃけ、私は無関係者だ。璃麻さんとは友達でも何でもない。それに、なんとなく気が合わなさそうだということは今回で分かったから、これ以上仲良くする気も起きない。
「アンタ、協力してくれない?」
「は?」
「わたしと八左ヱ門が縒りを戻せるように、セッティングして欲しいの」
携帯に電話しても出てくれないしメールも返ってこないのよねぇと続けた彼女に、開いた口が塞がらなかった。
「いいわよね?」
「嫌です」
即答してやった。なんで、私がそんな事をしなくちゃいけないんだ。利益もないし、あったとしても、こんな人の恋の応援なんて御免だ。
「じゃあ、失礼します」
「ちょっと待ちなさいよ!」
そう告げて席を立とうとしたら呼び止められたので、渋々浮かした腰を下ろした。
また、さっきの怖い目つきになっている。
「アンタ、八左ヱ門と何でもないんでしょう? なら、協力してくれていいじゃない」
「私は、竹谷先輩のほうが大切です」
「なっ、アンタ、もしかして、八左ヱ門のことが好きなの!?」
「竹谷先輩のことは友人として好きなだけです」
「それならいいじゃないの!」
「けど、竹谷先輩が嫌がってるのに協力するなんて嫌です」
あの誰にでも優しい竹谷先輩が璃麻さんからの電話に出ないということは、多分、先輩は彼女に何の感情も抱いていないということになる。
「二人が好き合ってるなら、いくらでも協力します。けど、違うなら出来ません」
きっぱりと告げると彼女の顔が更に怒りに変わっていくのが分かった。
あ、やばい。思いっきり言いたい事いいまくってしまったと冷静になった頭で思ったけど、後の祭りだ。
バチンと盛大に音が響いた。ついで、左頬が熱を持った。痛い。叩かれたのだ。
彼女はスッキリしたのか、これ以上お前の顔なんて見たくないと思ったのか、殴るだけ殴ってスタスタと店から出て行った。
(……はぁ。もう、最近こんなのばっかり)
痛む頬を押さえながら、この冷え切った周りの空気をどうすればいいのか。
ぬるくなったラテを飲みながら、そんなことばかり考えていた。
決して泣かない女剣士
ここで泣いたら負けたようで悔しい。ただそれだけ。
090226
踏んだり蹴ったりな日常。