帰宅後、親に頬に貼られた湿布について聞かれたが、電柱にぶつかったと誤魔化しておいた。
すると、本当にドジねぇと軽い呆れにも似た声を返された。疑問に思わず信じてしまうのは、普段の私がドジだと言う事の証明なのか、ただ単に嘘に気付かないほど親が鈍感なのか。
どちらが正しくても複雑な心境にしかならないので、考えるのは止めた。



小さな波紋



「ふぅ、腫れは引いたみたい」

湿布を捲って鏡に視線を向けると腫れはほとんど残っていなかった。
さすが金吾君のお墨付きの湿布だ。効果覿面である。

〜〜♪

すると、携帯電話が音を発した。
誰からだろうかとそれを手にとって一瞬ギクリと固まった。

「竹谷先輩からだ」

今日あんなことがあったので、もしかしたら璃麻さんが話してしまったのではないだろうかと思った。けれども、竹谷先輩と縒りを戻したいと思っている人が自分の性格を曝け出すような出来事を素直に話すだろうか。そんな馬鹿なことはしないだろう。
だが、もしも先輩が璃麻さんから何かしらの話を聞いていたとすれば、このまま電話に出なければ怪しまれるような気がした。なので、意を決してボタンを押して耳に当てた。

「もしもし」
? もしかして、いま忙しい?』
「いえ、平気ですよ?」
『そっか……』

そこで、先輩は黙ってしまった。電話越しなので、この沈黙は辛い。
嫌な予感ばかりが頭を過ぎってしまう。何か話を出さなければ。

「な、何か用ですか?」

向こうからかけてきたのだから、この質問は不自然ではないはずだ。

『あ、ああ、わりぃ……えっと、今日、璃麻に会ったって聞いて』

ど真ん中の話題が来てしまった。動揺しないように冷静に冷静にと頭の中で呟く。

「あ、はい、偶然にお会いしてお茶したんですよ」

楽しいお茶会ではなかったけど、お茶をしたことには間違いはないので嘘は言っていないだろう。

『なんか、言われなかったか?』
「え? あ、ああ、先輩にあんな可愛い彼女さんがいたなんて知りませんでした」
『あいつ、そんなことまで言ったのかよ。でも、もう別れたから彼女じゃねぇし』
「けど、もっと早くに教えてくれたら、その時に、ちゃんとお祝いしましたよ?」

今の自分の口は普段に比べると恐ろしいほどよく動いていると思う。
お祝いしたいなんて心にも思ってない。いや、付き合い始めた頃に聞いていたら、ちゃんと祝ったかもしれないけれど、彼女から痛いお礼を貰った今は頼まれてもしたいとは思えない。
別れて正解ですとまで言ってやりたいくらいだけど、流石にそこまで言えるほど度胸もない。それ以前に他人の恋愛に口を出すような野暮なことなどしたくなかった。

『…………』
「先輩?」

なぜか先輩は黙り込んでしまった。どうかしたのだろうかと内心で首を傾げる。

「竹谷せんぱ、」
『だから、言いたくなかったんだよ!』
「!!」

スピーカーの向こうから先輩の怒鳴り声が聞こえた。あまりの大きさに携帯を耳から離してしまった。

『……わりぃ、さっきのなし』
「え、あの」
『璃麻が迷惑掛けたな。今度からちょっかいかけないように注意しとくから』
「え。た、竹谷せんぱ」
『じゃあな』

呼び止める声が聞こえていないのかプツと音が切れた。
後はツーツーという音が耳に届くだけだ。何故急にこんな対応を取られたのか分からなかった。

「どうして?」

呟いた言葉に答えてくれる人は、勿論いなかった。



090420