「でも、男の人に興味は出てるよね?」

その話題は終わったんじゃないんですか。
続けて告げられた言葉に、私は何とも言えない表情を浮かべた。異性がたくさんいるここでそれを聞かれるのは、非常に恥ずかしいものがある。これだけ視線があると尋問されている気分にすらなってしまう。目の前にあの机とスタンドの錯覚が見えそうだ。

「わ、私、帰りますっ!」
「え!? どうして!?」

次第に居た堪れなくなってきた。服が乾いてなくてもいいから帰りたい。
私が立ち上がると、伊作先輩が驚いた声を発した。

「伊作、お前はアホか。そういうことを女性に堂々と聞いてやるな」

仙蔵先輩が呆れた顔を浮かべてそう告げた。
いつの間に淹れたのか手にはカップがあった。それに軽く口をつけた。
どこまでも優雅が似合う人だ。

「あっ、ご、ごめん! そういうつもりで聞いたわけじゃなくって!!」

そんなことを考えていると伊作先輩が頬を赤く染めて謝罪の言葉を述べた。

「……もういいですから話題を変えてください」

改めて謝られると余計に恥ずかしくなる。なので、そう告げ返した。すると、伊作先輩は別の話題を探し始めたのか考え込んでしまった。

〜♪

すると、どこからともなく音楽が聞こえ始めた。
聞き覚えのある着信音だ。私と同じ曲を使ってる人がいるんだなぁとぼんやりと考えていたが、誰も出ない。

「……おい、携帯鳴ってるぞ? あの鞄、お前のか?」
「へ? あ、本当だ!」

潮江先輩が指した棚に置いてある鞄は確かに私が今日持っていた鞄だった。ということは、この音は私の携帯から発されているのだ。

慌ててそこまで行き、鞄を開けて携帯を取り出した。
ディスプレイに表示された名前に思わず眉根を寄せてしまった。けど、ここで出ないのも先輩たちに怪しまれるような気がして顔を上げて「ちょっと失礼します」といって、会話が聞こえないように部屋を出た。後ろ手で扉を閉め、深呼吸をしてからボタンを押して耳に当てた。

「はい」
?』

ディスプレイに書かれていた人物、利吉くんの声が電話越しに聞こえた。途端に心臓が騒がしくなった。

「何か、用?」
『さっき、偶然、買い物中のおばさんに会ったんだ。大雨降ってるから、図書館に行ってるあの子は、傘がなくて困ってるんじゃないかって言ってたから、迎えに来たんだが……』

お母さんは、なんてことを利吉くんに話してしまったのだろうか。

『今、どこにいるんだ』
「えっと、友達の家。雨降ってるから、雨宿りさせてもらってるの」

図書館に行ったのは嘘だけど、それ以外はどれも間違いではない。

『迎えに行く。場所を教えてくれ』
「い、いいよ。ちゃんと一人で帰れるし!」

利吉くんに来られたら、色々と困る。それに、今は会いたくない。
そんな事をはっきりと言えるはずもなく、曖昧な答えで返した。


「ただいまー……って、え? ?」
「っ!」

いきなり背後から声を掛けられて、びくりと体を震わせて振り向いた。
食満先輩だ。先輩がここにいても何の問題もないのだが、なんというタイミングの悪さで出会ってしまったのだろう。

『―― 、そいつは誰だ?』

少し耳を離した携帯のスピーカーから低い声が聞こえた。それが、いつも聞いてる声じゃなくて凄く怖いものだった。
だから、思わず条件反射でボタンを押して切ってしまった。これじゃあ疚しい事があると肯定しているみたいだと直ぐに気づいたけど後の祭りだ。

利吉くんは、なんと思っただろうか。男のところにいると思われてしまっただろうか。いや、事実だ。けど、相手は一人じゃないし、そういう意味合いは全くない。

だよな? なんで、伊作の服着てるんだ?」
「え、あ、えっと、長次先輩に拾われて――」


怪訝なそうな食満先輩の疑問を晴らすために、私は、ここまで来る経緯を彼に説明した。すると、何とか納得してくれたようだ。

「あ、それより電話良かったのか?」
「え?」

靴を脱ぎ始めた食満先輩は、動作の途中で思い出したように告げた。
そして、私が手にしている開きっぱなしの携帯電話を指さした。

「あ、はい、話は終わったんで!」

その言葉に、私は慌てて携帯を閉じた。

閉じる前に電源をオフにしたのは、後の追求を避けたかったからなのかもしれない。


鳴らない電話



090818
彼氏に浮気がばれた彼女みたいに見えてしまうのはなぜか。