「ありがとうございました」

あれから先輩たちと会話を続けた数時間後、雨も漸く止み服も無事に乾いた。そして、時間も時間だということで帰宅する事にしたのだ。

けれども、一人だとまた迷うだろうということで駅まで送ってくれた。
運転手は食満先輩。なのに、他の5人もちゃっかりついてきていた。
下宿先が決まったときに必要になると想定して大勢で乗れるワゴン車の購入に踏み切ったらしい。食満先輩らしい判断だ。

「本当に家まで送らなくていいのか?」
「ちょうど駅の方に用事がありましたから」

本当は、親に見つかった時の言い訳がしにくいから、それを避ける為のとっさの言い訳だった。
こうして、段々と嘘が上手くなっていく自分は、なんて汚い人間だろうか。

「気をつけて帰れよ」
「はい、ありがとうございました」

去っていく車を見送って、私は、改札を通った。



渇いたぬくもり



電車に揺られて数十分後。目的の駅で降りた私は、そこで漸く携帯電話を取り出した。開くと真っ暗な画面のままだ。あの時に切ってから、まだ一度も電源を入れていない。
入れるのが怖いと思ったけれども、他の人から連絡があった場合のことも考えるといつまでも入れない訳にはいかなかった。

勇気を出して電源ボタンを押した。
途端に音が鳴った。けど、すぐに切れたのでメール受信を知らせるものだったようだ。
画面にはメールの受信件数が三件入っていると知らせている。操作ボタンを押してそれを開いた。

一件目は、花乃子からだった。
他愛もない世間話が、緊張を少し緩ませてくれた。

二件目は、久々知先輩からだった。
件名が、電池切れ? というものだったので、電話しても繋がらなかったからメールを送ってきたのだろう。本文を読むと、そのような事が書かれてあった。最後にバイト終ったらかけなおすと書かれてあったので、そのうち掛けてくるのだろう。用事ならメールでもいいのになぁと思ったけど、もしかしたら口頭で伝えたい事があったのかもしれないと自己完結した。

そして、三件目。
ボタンを押す指が止まった。

送信者の名前は、山田利吉。予想通りに彼から連絡があった。件名は無題のままなので本文を開かないと内容は分からない。

意を決してボタンを押した。
内容は、オバサンに「一緒にいる」と誤魔化しておいたということと、後でちゃんと事情を説明して欲しいと言う内容だった。
こういう時にまで、ちゃんと周りへのフォローを忘れない利吉くんの優しさに胸が痛くなった。どうして、責めないのだろうか。でも、そういう優しさが私には一番痛い行為なので彼の反応は私を苦しめるには最適の対応だろう。
けど、彼にはそんなつもりは微塵もないことも分かっている。利吉くんは、昔から優しい人だった。だから、今でも優しいのだ。

何も返せないのに、どうして優しくするのだろう。

パタンと携帯を閉じた。無性に家に帰りたくなって私は早足で家路を目指した。





「ただいま」
「お帰りなさい、あら、利吉くんは?」
「え? あ、途中で別れた」

母親に聞かれて、言い訳のことを思い出して咄嗟に嘘を付いた。
すると、母親が、迷惑掛けたから夕飯一緒にってお願いしようと思ってのにと呟いていた。もしも、そんなことになっていたら非常に気まずい状態での食事になっていただろう。私は、何とも言えなくて苦い笑みを返した。

「お父さんは?」

いつもならば新聞を読みながら、ご飯はまだかと待っている父がいない。
不思議に思って首を傾げながら食事を食卓に並べている母に尋ねた。

「お父さんなら兄さんと飲みに行ったわ」
「伯父さんと? 最近、多いね」

伝蔵伯父さんは、ずっと単身赴任でこちらにいるから話すことが積もっているのかもしれない。親戚同士が仲がいいのはいいことだけど、利吉くんのことがあるから複雑な心境になってくる。

「兄さんも困ったものね。それじゃあ、ご飯食べましょう」
「はーい」

母の言葉に、私は席についた。




090913