「あ、電話だ」
お風呂から上がり一人の時間を満喫していたところに携帯の着信音が鳴り響いた。雑誌から視線を外して携帯を手にする。
久々知兵助とディスプレイには表示されていた。そう言えば、バイトが終ったら掛け直すとメールに書かれてあったのを思い出した。
「はい」
『良かった、繋がった』
「あ、昼間はすみません」
『ううん、別にいいよ。電池切れてたんだ?』
「は、はい」
本当はわざと電源を切っておいただけなのだが、その理由を話すわけにも行かず咄嗟にこうしていしてしまった。
『そういえば、久しぶりに声聞いた』
「へ? あ、そうですね。最近メールばかりでしたし」
『夏休み前から会ってないしな』
「そうですね」
苦笑交じりの声に申し訳ない気持ちが滲み出てくる。
鉢屋先輩の彼女の件で避けていたからだ。運悪く夏休み直前という時期だったせいで先輩たちと会う機会を逃してしまった。
『うん。俺だけ会ってない。三郎と雷蔵はテスト期間中に大学の図書館で会ったって言ってたし、八左ヱ門もバイト先に来たって言ってた』
「そ、そうですね」
いま聞きたくない名前が聞こえてしまった。
あれ以来、鉢屋先輩と竹谷先輩とは連絡を取っていない。嫌われたのだろうか。理由が分からない。私は彼らに何をしてしまったのだろう。
「く、久々知先輩って彼女いるんですか?」
話題を逸らそうと発した発言だったが、物凄く強引だっただろうか。
『なんで?』
「あ、ええと」
竹谷先輩と鉢屋先輩のことがあったから先輩の彼女の存在を一応確認しておこうと思ったなどとは言いにくい。
『じゃあさ、もしも、俺に彼女がいたらどうする?』
私が言葉に詰まっていると、先輩が疑問符を述べたので内心で安堵した。
「久々知先輩に、ですか?」
『うん、気にしてくれる?』
「どんな人かなって気にしますよ?」
先輩の彼女だから頭のいい人かもしれない。頭脳明晰コンビとか言われそう。で、私には意味の分からない難しい会話してるんだろうなぁ。あ、なんか凹んだ。
『嫉妬はしてくれないの?』
「へ? 嫉妬、ですか?」
会話に入れないことを寂しいと思ったけど、これも嫉妬の一種なのだろうか。ただの我儘な気もしないでもない。
『ごめん、変なこと聞いた』
「え?」
『さっきの忘れて』
「分かり、ました」
別に気にしないけれども、矢継ぎ早に言われてしまったので素直に頷いた。
「あ、でも、先輩は彼女いないんですね」
さっきの「彼女がいたら」という仮定話にするということは、そういうことなのだろう。
『うん、いないよ』
「意外です」
『そう?』
「はい。だって、久々知先輩は格好いいですもん」
『……え!?』
「法学部の子がそう言ってましたよ?」
この間、誰かが主催した女の子同士のお茶会で、学内でカッコいい人は誰だと話題が持ち上がったのだ。女の子が集まると自然と恋愛の話になるものなのかなと、用意されたケーキに夢中になっていた私は、それを食しながら感想を漏らしたものだ。
その会話の中で久々知先輩の名前も出てきたのだ。ちょっと変わったところもあるけど接してみれば凄くいい人だったとかなんとか。うん、それは私もよく知っているので心の中で頷いておいた。けれども、それだけではなく同級の三木ヱ門や喜八郎、滝夜叉丸の名前が出てきたときには、飲んでた紅茶を噴きそうになった。言われて見れば、あいつらも黙っていれば格好いい部類に入る。
『な、なんだ、吃驚した』
「ん? どうかしました?」
『いや、うん、なんでもない。それに、俺はそんなにモテないし、彼女も……んと、欲しくないから』
「そうなんですか?」
『……うん。今は、といるのが一番いい』
「ふふ、ありがとうございます」
嬉しい言葉をもらってしまった。でも、私もこうやって緊張せずに話せるのは一番いい。ああいったギスギスした雰囲気は嫌だ。
どうしてだろうか。どうして、恋とか愛が絡むとあんな風に捩れた関係が発生するのだろう。そんなものなければいい。いつもみたいにみんなで笑い合ってふざけ合って、昔みたいな関係でいたかったのに――。
『おーい、兵助、帰ってきてるかぁ?』
『鍵開いてるから、帰ってきてるだろ』
スピーカーから聞こえてきた声に意識を戻した。
『あ、わりぃ、電話中?』
『うん。ちょっと待って。、ごめん、切るな』
「は、はいっ」
『じゃ、また』
そう告げて、会話は終わった。
均等を崩した鼓動
(……久しぶりに先輩たちの声聞いた)
無性に心臓が煩かった。
090923