(勘右衛門視点)
「うわ、もうこんな時間か」自転車から降りて駐輪場に止めた後、腕時計に視線を向けたのだが既に短針が11を超えていた。
三郎からメールを貰って直ぐに出るつもりだったのに、行き先を知った親に兵助君んちに行くならおかずを詰めるから待てと言われて待っていたら、こんな時間になってしまったのだ。おかずだけだと言っていたのに、気付けば紙袋にいっぱいタッパーが詰められていた。おにぎりまで入っている。道理で待ち時間が長かったわけだ。
あいつらもう出来上がってるだろうなと思いながら籠から荷物を取り出して、階段へと向かった。
夜中なのでチャイムを鳴らすのは控えようと思い、そのまま扉を開けた。
玄関口にはたくさんの靴が並べられていた。それを踏まないように進んで靴を脱いで上がる。
「お邪魔しまーす」
声をかけると全員の視線がこちらに向けられた。
テーブルには既に空けられた缶がいくつも転がっている。もう相当出来上がってるようだ。
「かんえもん遅ーい」
現に兵助の声も少しだけ舌っ足らずなものになっていた。兵助の言葉に俺は、苦い笑みを浮かべながら手にしていた紙袋を差し出した。
「母親からの差し入れ。おにぎりもあるから、明日の朝にでも食べて」
「豆腐入ってる?」
開口一番の台詞に俺は多分入ってるよと答えると、兵助は、いそいそと紙袋からタッパーを取り出していた。その様子を尻目に、俺は空いた席へと腰を下ろした。改めて周りに視線を向ける。雷蔵は既に眠いのか少し目がとろんとしていた。八左ヱ門は、まだ飲んでいるが既に顔が赤いので寝るのも時間の問題だ。三郎はまだ平気なのかつまみを口にしながら、ちびちびと飲んでいた。
「勘右衛門の嘘吐き」
その言葉に俺は視線を兵助へと向けた。すると、兵助の頬がプクリと膨らんでいた。じろりと睨みつけられる。その理由に気づいて俺は首を傾げた。
「ちゃんと入ってただろ、豆腐」
「豆腐は豆腐でも玉子豆腐だった!」
原材料が違うんだよとブツブツと呟いている。そんなことを言われてもこれを用意したのは俺じゃない。母親だ。たぶん、豆腐は品切れでなかったのだろう。だから、お詫びに玉子豆腐を入れていたのかもしれない。
「はいはい、今度、豆腐料理ただで出してあげるから、今日はこれで我慢してよ」
「本当か!?」
途端に兵助の瞳が爛々と輝いたので、本当に豆腐のことになると現金だなと内心で呆れた感想を漏らしながら、頷いた。その肯定の答えに満足したのか、兵助は玉子豆腐に手をつけ始めた。文句を言いながらも結局は食べるらしい。
「それで、今日集まったのって何か理由があるの?」
俺の言葉に、三郎が顔を上げた。そして、さあと首を傾げた。その言葉に本当にただの飲み会だったのかと感想を漏らした。5人全員集まるのだから、何か重大な発表でもあるのかと思っていた。たとえば、誰かに彼女が出来たとか。
「あ、そういえば、三郎は彼女とうまく行ってるの?」
「え?」
素朴な疑問を投げかけると、それに反応したのは本人ではなく舟を漕いでいた雷蔵だった。
「なんで雷蔵が反応すんの」
「え、あ、うん。ごめん、聞き間違えた」
えへへと照れくさそうに笑んだ雷蔵を尻目に俺は三郎に視線を戻した。
「それなりには」
「ふーん」
さらりと答えを述べた三郎に、俺は適当に答えた。すると、三郎が聞いておいて酷い対応だなと眉根を寄せて告げた。
「三郎の彼女に興味ないもん」
「じゃあ、何で聞くんだ」
「だって、三郎って直ぐに彼女変わるから、今回はどれくらい続いてるのかなーって」
事実、俺は知ってるだけでも片手で収まらないくらい彼女が変わっている。よくそんなに付き合えるなと思う。俺も来るもの拒まず精神のつもりだけど、そんなに来ないし来ても好みの子しか興味がないので、結果、来るもの拒まずではなくなっていて、彼女と言える彼女は出来ていない。
「ねぇ、さんとお付き合いするにはどうしたらいいのかな?」
俺の発言に全員の視線が一気にこちらに向いた。三郎以外は誰も俺の話を聞いていないと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
「勘右衛門は、さんのことが好きなのか?」
「どうだろう?」
兵助の言葉に首を傾げると、兵助の眉間に皺が寄った。
「じゃあ、なんでいきなりそんなこと聞くんだよ」
今度は、八左ヱ門が会話に割り込んできて疑問符を投げた。
「え? だって、俺だけさんと交流少ないじゃん」
出会ったのが今年の春なので仕方ないとしても、ここまで出会わないと悲しいものがある。俺だって、みんなが好いてるさんと喋ってみたいと思っている。俺がそう告げると、雷蔵が首を傾げながら口を開いた。
「もしかして、交流的な意味でお付きしたいってこと?」
「うん、だから、誰でもいいから俺にアドレス教えて!」
俺がそう告げると、全員が呆れた表情を浮かべた。
「お前、紛らわしいんだよ!」
べしりと八左ヱ門が俺の頭を叩いた。
「痛い! なんでだよ、俺は素直に話してるだけなのになんで殴られるの!?」
「自業自得」
兵助が食事を再開させながらそう告げた。何が自業自得なのか全く分からない俺は、首を傾げながらも、こうなったら自棄酒だと目の間に合った未開封の缶を手に取った。
天然な彼の爆弾発言
100929