この間の大雨が嘘のように今日は快晴だった。
本当に憎らしいくらいの晴天だ。

電車から降りた途端に体に纏う生暖かい空気のせいで引っ込んでいた汗が再び出始めるのを感じた。もう少し気温を下げて欲しいものだと眉根を寄せながら不服を漏らした。

けれども、ジッとしていても涼しくなるはずもないので私はさっさと止めていた足を動かして改札を通って外に出た。



呼ばれた声に視線を向けて、そこにいた意外な人物に私は目を瞠った。


「……タカ、丸?」

気まずそうな表情を交えたその顔は、久しぶりに見る斉藤タカ丸だった。
どうして彼がここに居るのだろうか。私は花乃子と遊ぶ約束をしたはずだ。
だから、約束の待ち合わせ場所まで来た。なのに、そこに居たのは花乃子ではなくタカ丸だった。

「ごめん。実は花乃子ちゃんに頼んだんだ」

その言葉に眉根を寄せた。
どうして、タカ丸がそんな工作をしたのか分からなかったのだ。

「…………」

何とも気まずい空気が間に流れた。あれ以来全く連絡を取っていない相手と心構えもなく再会すると、こうも頭が真っ白になるものだろうか。

に会いたかったんだ」

そう言われて顔を上げると、先ほどと変わって笑みを浮かべた彼がそこにいた。
私の驚きの表情に彼が微苦笑を浮かべた。

「あの時のことは、本当にごめんね。あの後、ずっと反省してたんだ。でも、このまま関係が消滅するのは嫌だった。謝っても許して貰えないかもしれないけど……ごめんね」

タカ丸の口から発された言葉に驚きを隠せなかった。
もしかして、タカ丸も私と同じように悩んでいたのだろうか。

「タカ丸が、謝る事じゃない」
「え」
「謝るのは、私のほうだよ。タカ丸を傷付けた」

反省しなきゃいけないのはこっちの方だ。謝らなければならないのは、こっちの方だ。タカ丸がすることではない。

「避けてて、ごめん」
「…………僕のこと、嫌いになったんじゃないの?」

その言葉に首を横に振った。嫌いになったらこんなに悩んでない。仲良くしたいからこそ悩んでいたのだ。

「私のほうこそ嫌われたって思ってたんだけど」
「そんな事あるわけない!! ……って、あ、うん、僕、嫌ってないからね!」

その言葉に心の中の何かが溶けていくような気がした。
自然と笑みが浮かんだ。

お互いにお互いが嫌われたと思っていたから互いに気まずくて連絡が出来なかったなんて、なんというバカな勘違いだろう。

私の笑みにタカ丸も安堵の表情を浮かべた。

「なんだー、もっと早くに会いにこれば良かったんだぁ」
「そうだね」
「じゃあ、仕切り直して。この間は本当にごめんね」
「ううん、こっちこそ、ごめんね」

お互いに謝罪の言葉を述べた。けれども、その顔は、どちらも穏やかなものだった。



たった一つの言葉




「うーん、こっちがいいかなぁ。こっちも面白そうだし」

私は本を両手にもって見比べながら悩みだした。
今話題の本。片方は推理もので結構難解らしく発売直後から評判になっていた。もう片方は、先月映画化が決まった恋愛モノで面白いと言う話を聞いている。

「タカ丸はどっちが……って、いない」

さっきまで横に立っていたはずの彼が見当たらなかった。もしかしたら、飽きて他のコーナーに行ってしまったのかもしれない。

?」
「ん?」

すると、背後から声を掛けられたので、顔をそちらに向けた。
これまた見覚えのある顔ぶれがそこにいた。

「三木ヱ門に喜八郎。どうしたの?」
「どうしたって、本屋に来てすることなんて一つしかないだろ?」

三木ヱ門は、呆れた表情を浮かべてそう告げた。確かに本屋に本を見に来る以外に目的はないのだが、意外な組み合わせだ。

「それよりも、さっきから挙動不審な様子で何してるんだ?」

三木ヱ門は私の手元に視線をやって訝しげな表情を浮かべた。

「挙動不審って、ただ、どっちを買おうか悩んでるだけなのに」
ー。新刊出てたから、これも一緒に買って……って、あ、三木ヱ門君と喜八郎くんだ」

すると、背後からニョキと顔を出した背高のっぽさんは、私の前に誰か居ることに気づいて笑みを浮かべた。
けど、目の前の彼らは何故か険しい顔で彼を見ていたので、どうかしたのかと首を傾げる。

「何でこの人と居るの」
「喜八郎、指差すのは失礼だからね?」

私がそう告げて注意したけれども、喜八郎はぷくりと頬を膨らませるだけで反省の色が全くない。

「それよりも、タカ丸。何か買うの?」
「うん、ファッション雑誌」
「ああ。お客さん用かーって、うわっ!?」

タカ丸と喋っていたら、いきなり後ろに引っ張られてこけそうになった。
けど、床に衝突することなく誰かの胸に背中がぶつかった。

「ちょ、喜八郎、何するのよ」
「僕の話、無視した」
「え?」
「何で一緒に居るの」

そして、喜八郎は、目の前のタカ丸を指さす。
かなり不機嫌なようだ。しかも、この様子を三木ヱ門は止めてくれない。
チラリと視線を向ければ、彼も同じように不機嫌そうな表情を浮かべていた。

(何? なんなの?)

全く意味が分からないが、とりあえず先ほどの疑問に答えなければいけないようだ。

「えっと、今日遊ぶ予定だった友人の代理にタカ丸が来たってことでいいのかな?」

問うようにタカ丸に視線を向けてみた。すると、彼は何かに気付いたのかその口に笑みを浮かべた。

「うん、そういうこと」
「…………」

なんで、こんなに空気が痛いのだろうか。変なことでも言っただろうかと首を傾げる。

「ズルイ」
「え?」
「なんで、僕を呼んでくれないの」
「喜八郎は、夏の課外実習で忙しいでしょ?」
「じゃあ、私を誘えばいいだろ?」
「三木ヱ門は、引っ込んでて」
「何!?」

口を出してきた三木ヱ門に対しても喜八郎は、さらりと邪険な言葉を返した。もちろん三木ヱ門はそれに怒りの表情を浮かべる。
今度は、喜八郎と三木ヱ門が険悪ムードになってしまった。
しかし、ここはまだ店の中だ。ただでさえ、この三人は容姿で目立つのだから目立つ行為はやめてもらいたい。

「あー、もう! それなら、四人で遊べばいいじゃない!」

埒が明かなくなった私は彼らにそう提言した。

「やだ」
「私もとがいい」
「僕も二人きりがいいのにぃ」
「それなら三人で遊んで。私は今すぐ帰るから」

「「「分かった、四人でいい」」」


即答で息の合った言葉が返ってきた。
本当は、仲がいいんじゃないだろうか。

がっちり掴まれた腕を振り払うことも出来なかったので、仕方なく彼らに付き合うことにした。




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