「はぁ」

ベンチに腰を下ろしながら溜め息を漏らした。
ただ街中をぶらぶらと歩いただけなのに、こんなにも疲れたのは言うまでもなく三人のせいだ。彼らは容姿がいい。そのせいか行く先々で女性の視線を集めまくったのだ。タカ丸と二人だけの時もそれなりに視線を浴びせられたけれども、その三倍の視線となると流石にきつかった。
出来るならば、隙を見て逃げ出してしまおうかと思ったほどだ。


、大丈夫か?」
「なんとか」

今は人気の少ない公園の端で休憩しているので、先ほどのような大量の視線は来ない。

「あれ? タカ丸と喜八郎は?」

ふとあの二人がいないことに気付いて首を傾げると、三木ヱ門がああと頷いた。

「あいつらには用事を押し付け、じゃなくて飲み物を頼んだ」
「そういえば、歩きっぱなしだったもんね」

出来るだけ日陰を通って散歩はしたが、この暑さだ。汗をかいた分、体内の水分も減っていることだろう。そう思うと、急に喉が渇きを訴え始めてきた。

「そういえば、三木ヱ門が喜八郎とデートしてるなんて珍しいね」
「お前なぁ……男同士でデートはないだろう。友達なんだから遊びに行くことくらいあるさ」
「滝夜叉丸は?」
「どうして私があんな奴と遊びに行かなきゃいけないんだ」

彼の名前を出した途端、三木ヱ門の表情が心底嫌そうなものに変わった。
何故似たもの同士だと思う人たちに限って仲違いしていることが多いのだろうか。似たもの同士だからこそ合わない何かがあるのだろうか。

「それよりも、そっちこそなんでタカ丸さんと二人で出かけたんだよ」
「だから、言ったじゃない。友達の代理だって」
「だったら、遊ばなくてもいいだろう」
「なんで? 私が誰と遊ぼうと問題ないでしょう?」
「よくない!」

いきなり怒鳴り声を上げられたので、吃驚した表情で彼を見遣った。

「っ、ごめん、怒鳴るつもりはなかったんだ。ただ、タカ丸さんと話してる時のの表情がいつも以上に嬉しそうだったから……」

そう告げて三木ヱ門が視線をふいと逸らした。その言葉に私は内心で苦笑いを浮かべた。第三者に悟られてしまうほどに今日の私のタカ丸への態度は違って見えるようだ。それも当然だ。

「私、タカ丸と喧嘩してたんだ」
「え?」
「夏休み前にちょっとしたいざこざで疎遠になってて、今日やっと仲直りしたんだ。だから、嬉しそうに見えたのかもしれない」

驚き顔でこちらを見る三木ヱ門に私は苦い笑みを浮かべた。

「喧嘩って……タカ丸さんと?」
「うん」

信じられないといった様子が見て取れた。それだけ三木ヱ門の目には私とタカ丸が仲良しに見えていたのだろう。

「私、皆が思ってるほどいい子じゃないよ」

嘘だって付くし我儘だって言いまくる。それに、イイコだったらこんな風に全てに目を背けることはしないだろう。
怖いのだ。境界を越えてしまうと何もかも失ってしまうような気がして、怖い。
なんて我儘な言い分だろうか。だから、皆が離れていくというのに、それでもまだ直視することを拒んでいる。

「アホか」
「え?」

三木ヱ門の言葉に、私は思考を止めて視線を向けた。

「お前が悪い人間だったら私はとうの昔に友達やめてるよ」
「……三木ヱ門」

いつも憎まれ口しか言わない彼から出た言葉に、私は目をパチクリとさせた。
そんな様子の私に対して、三木ヱ門は微苦笑を浮かべた後、私の頭を軽く撫でた。

「もっと甘えろ。は甘え下手過ぎるんだよ」
「そ、そんなこと、ない」
「あるんだよ」

(もう、なんなのこれ!?)

今日の三木ヱ門は物凄く紳士だ。
元々容姿がいいものだから、こんな風に優しい笑みを貰ったらこちらだって恥ずかしくなるというものだ。三木ヱ門がモテるのがちょっとだけ分かった気がする。

「僕にだけ甘えてくれていいんだけど」
「うわ! 喜八郎、吃驚させるな!」

いきなりベンチの後ろからにょきっと現れた喜八郎に驚いて、私たち二人は距離をとった。そして、彼は出来た隙間にジュースの入った紙コップを差し入れた。

の分」
「あ、ありがとう」

喜八郎が差し出したドリンクを受け取った。けれども、彼はそのままジッとこちらを見つめていたので、何の用かと軽く首をかしげた。

「さっきの話しだけど、僕には遠慮なく甘えて」
「え? でも」
「課外実習中だからって遠慮したら怒るから」

喜八郎は農学部で、いまは夏実習で忙しいはずだから迷惑は掛けられないと言おうとしていたら先読みされてしまった。
喜八郎は軽く眉を顰めて反応を待っていたので、私は素直に頷く事にした。

「ありがとう」

素直にそう告げると喜八郎は満足そうに頷いた。

「喜八郎くん歩くの早すぎぃー! それに、僕に三人分も持たせなくたっていいじゃーん!」

手元に注意しながらゆっくりとした動きでやってきたタカ丸は、両手に三つのドリンクを持っていた。
私の手には既に自分の分があるので、あの三つは残り三人の分だろう。なぜ喜八郎は私の分だけしか持って来なかったのだろうか。どうせ飲むんだから自分の分も持てばいいのに、良く分からない男だ。

「ありがとうございます。もちろん、仕返しです」
「なんの!?」

喜八郎はさらっとそう告げて、タカ丸の手から自分の分のドリンクを取った。

三人が集まった途端に静かな空間が急に賑やかなものに変わった。
私は、そんな三人を尻目にドリンクを一口飲んだ。中身は、オレンジだったようだ。
甘酸っぱい味に心が少しだけ落ち着いたような気がした。

(甘えていい、か)

先ほどの彼らの言葉を反復した。その言葉はとても嬉しくて私の心を温かくしてくれた。
けれども、それでも、全てに甘えてしまうわけにはいかない。
彼らの気持ちを無碍にするつもりはないのに、素直に甘えられない自分がいる。


、疲れた?」
「え? あ、ううん。平気」

タカ丸の呼びかけにストローから口を離して受け答えした。けど、タカ丸の眉が軽く顰められた。

「顔に疲れてますって書いてあるよ」
「……」

思わず頬に触れるとタカ丸に微苦笑されてしまった。

「じゃあ、そろそろお開きにするか」
「もっと居たいけど、迷惑掛けたくないし、そうする」
「ということで、帰ろうか?」
「あ、うん。えっと、良かったの? なんか用事あるなら寄るけど?」
「いいの、僕たちはと遊べただけでも満足なんだから」

午前中までは仲の悪かったはずの三人が今度は仲良く頷きあった。
この短期間に何があったのかと思うほどの息の合った動作である。

「皆がそう言うなら、いいけど……付き合ってくれて、ありがとう」


笑みを浮かべてお礼を告げると、皆も穏やかな笑みをくれた。


空と太陽と空気と、そして
あなたの笑顔



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