「美味しいです!」
「さんが手伝ってくれたからだよ」
「そんなことないですよ」
私の言葉に不破先輩が笑みを浮かべそう告げた。
不破先輩が分量も量らずに料理を作り始めたときは慌てて止めた。なので、必要な分量を聞きながらこちらで量ったのだ。
けれども、私がしたのはそこまでで実際に作ったのは不破先輩だ。
「でも、おからハンバーグって意外でした」
「兵助直伝のレシピなんだよ」
「なるほど。納得できました」
久々知先輩なら豆腐料理に関した知識はプロにも負けていないだろう。
でも、これならダイエット中の女の子にも受けが良さそうだと思った。今度、花乃子たちにも教えよう。
そんなことを考えていたら扉が音を立てて開いた。それと同時にドタドタと歩く音が近づいてくる。誰だろうと首を傾げる間も無く、その人物は姿を現した。
「雷蔵、なんか野菜ないか? 虫たちにやる餌がちょうど切れ……」
目が合うと相手の言葉が止まった。そして、幽霊でも見ているかのような表情でこちらを凝視していた。
竹谷先輩だ。その顔を見るのは久しぶりだ。あの日の電話以来会っていないから、一ヶ月振りくらいだろうか。元気そうだ。それに、以前会った時よりも少し肌が焼けている。
「あ、えっと、野菜だね。ちょっと待ってて!」
「あ、ああ」
不破先輩はそう告げて台所へ行ってしまった。私と竹谷先輩が残されてしまった。
「…………」
「…………」
会話はない。この沈黙をどうすればいいのか分からず、私は目の前の食べかけのハンバーグに視線を向けた。勿論そこに答えが書いてあるわけはない。
「……なんで、雷蔵ん家で飯食ってるんだ」
「え? あ、ええと、成り行き上そうなってしまって?」
詳しく説明すると、私が泣いたことから説明しなくてはいけなくなる。なので、簡潔にそう告げた。
「雷蔵だって男だぞ」
硬い声に私は顔を上げた。竹谷先輩の表情が怖いものになっていて軽く肩が震えた。あの時の電話で怒鳴っていた竹谷先輩の声が脳裏に浮かんできて、恐怖がまた底から沸き起こり始めた。
「分かって、ます」
「分かってたら呑気に飯なんて食ってねぇだろ」
「不破先輩は、そんな事しません」
先ほどもう何もしないってちゃんと誓ってくれたのだ。先輩のことを信じている。だから、こうして食事を取れているのだ。
私の言葉に竹谷先輩は盛大なため息を吐いた。そのため息にまた体がびくついた。
先輩を怒らせる原因は、私にあるのだ。以前の電話では曖昧で分からなかったけれども、今回ではっきりとした。
先輩は私に対して怒っている。嫌われてしまったのだ。その事実に胸が痛くなった。ギュッと下唇を噛み締めて込み上げてきそうになる悲しみを堪えた。
「八左ヱ門。彼女を泣かせに来たんだったら帰って」
そこへ硬い声が割り込んだ。野菜を取りに行っていた不破先輩だ。
「泣かせ……!? ち、ちがっ、そういうつもりじゃなくって!」
竹谷先輩の声が慌てたものに変わった。ひどく慌てた空気が伝わってくる。
視線を軽く上げると両手をあたふたと所在無げに動かして慌てた様子だった。
「〜〜っ! すまん!」
そして、竹谷先輩はガバリと頭を下げた。その動作に私は目を見開かせた。
「責めてるわけじゃねぇんだ! これはただの俺のしっ、じゃなくて、心配しただけなんだよ!」
つらつらと早口でその理由を告げられた。その内容に私はさらに驚きを露にした。
先ほどの怖い雰囲気は何処にもなくて、そこにいるのは、まるで飼い主に怒られた犬だった。そう思うと、耳を垂れ下げて許すを乞うている姿のように見えて思わず笑みが漏れた。
「先輩、顔を上げてください」
恐る恐る上げられた顔は情けない表情をしていた。
「心配してくださったんですよね。ありがとうございます」
「怒ってねぇのか? 俺のこと、き、嫌いになった、とか」
「まさか! 私が竹谷先輩を嫌ったことなんて一度もありません」
首を横に振って否定の言葉を発した。嫌われたと思ったのはこちらの方だ。
先ほどの態度は、私を心配してのものだったのだと思うと、逆に嬉しさがこみ上げてくる。
「……、俺ッ!」
「ああっ! 八左ヱ門これキャベツ! 虫が腹空かせてるんだろ!?」
両手を広げた竹谷先輩に不破先輩が慌てて手にしていたキャベツを丸ごと手渡していた。
竹谷先輩も目的のものを思い出したのか「おおっそうだった」と声を発してキャベツを受け取っていた。
「、直ぐ帰るのか?」
「え? あ、はい、ご飯を食べ終えたら」
「ちょっとだけ待ってろ!」
「え? 不破先輩さえ良ければ、居ますけど」
ここは不破先輩の家なので、私の判断で長居していいかは分からない。ちらりと覗うように不破先輩に視線を向けるとそれに気付いた先輩が小さく頷いた。
「僕は構わないよ」
「よし、じゃあ、また後でな!」
行きと同じように慌しい足音を立てて竹谷先輩は部屋を出て行った。
呆然と見送ったけれども、竹谷先輩と普通に会話を交わせた事実に気付いて、嬉しさが沸き起こった。良かった。嫌われていたわけじゃなかったんだ。本当に嬉しい。
「……八左ヱ門は単純でいいなぁ」
「え?」
「ううん、なんでもない。食事の続きしよっか」
「あ、はい」
ハレルヤを唱える
120428
竹谷と仲直り。