(兵助視点)
「兵助ぇーー! いるかぁー!!」

呼び鈴もなしに遠慮なく扉が開けられた。しかも、近所迷惑とも取れる大きな声を発して部屋に入ってきた友人の竹谷八左ヱ門に住人である久々知兵助は眉を顰めた。

「なんだいるじゃん」
「ものすごく煩い」

顔を覗かせた八左ヱ門に兵助は不機嫌な表情を隠すことなくそう告げた。
それに今は食後のデザートである豆腐アイスを食していたところだったのだ。毎日の楽しみな時間を邪魔されたとあっては、兵助も不機嫌にならざるを得ない。

「そんなもんどうでもいいから、早く雷蔵んとこ行くぞ!」
「そんなもん!? 俺の大事なデザートタイムをそんなもんで済ますのか!?」

八左ヱ門の言葉に俺は憤りを隠せなかった。スプーンを机の上に乱暴に置くとバンと手を付いて立ち上がった。

「ああ、もう喧嘩してる場合じゃねぇよ!! が帰っちまうじゃねぇか!」
「――え?」

八左ヱ門の胸倉を掴み掛かったところに予期せぬ名前が耳に届いて、動きを止めた。

「だから、いま雷蔵のところにが来てるんだよ」
「なんで?」
「なんでって、俺も知らねぇ。でもいいだろ! 待ってもらってるんだから早く行こうぜ!」

どうして、彼女が雷蔵の部屋にいるのか。その謎が物凄く気になっていたけれども、八左ヱ門の言葉に自然と体は動いていた。あ、でも、豆腐アイスは溶けると困るから持って行こう。

「って、八左ヱ門。と仲直りしたんだ?」
「ああ!」

部屋の鍵を掛ける合間にそんな疑問を投げかけると八左ヱ門の嬉しそうな声が耳に届いた。本当に嬉しそうな声だ。久しぶりに聞くそれに微苦笑を浮かべた。

「なぁ、なんで、俺も呼んでくれたんだ?」
「へ?」

それが不思議だった。彼女に会いにいくならば俺を誘わずとも一人で行けばいい話だ。それなのに、八左ヱ門はわざわざ俺を誘いに来てくれた。

「お前、夏休み前からに会ってないって言ってただろ?」
「そうだけど、ええと、一応、俺らってアレなわけだし」
「折角会えるんだから、そういうことは気にすんな!」

バシリと肩を叩かれた。
そんな八左ヱ門の態度に、こちらは驚きを隠せない。普通ならば恋敵に教える必要などない。むしろ、抜け駆けしてもいいくらいじゃないだろうか。

「それに、前に愚痴聞いてくれたお礼も兼ねてるんだよ」

ポツリと八左ヱ門はそう呟いた。視線を向けると恥ずかしそうに人差し指で頬を掻いていた。
本当に八左ヱ門はいい奴だ。思わず笑みがこぼれてしまう。

「あ、そうだ。兵助、三郎知らねぇか」
「いいや? 部屋にいなかった?」
「留守だったんだよ。折角だから、三郎も誘ってやろうって思ってたのになぁ」

恐らく誘っても三郎は素直に来ないだろう。本当は会いたくて仕方がないくせに天邪鬼な奴だ。
三郎は、今でものことが好きだ。
本人がそう告げたわけではないけれども、よく見ていれば分かる。
上手く隠しているようだけれども、三郎の視線はいつも彼女に向けられていたから。それに、入学式の時に彼女と対面した時に三郎が一瞬だけ動揺したのが何よりの証拠だった。
きっと、みんなも薄々気付いているはずだ。

(本当にあいつは莫迦だな)

彼女を諦めた。その事実が彼のストッパーになっているのだろう。そんなもの考えたって意味などない。現に八左ヱ門は既に割り切ってしまっている。それなのに、そういうところに蟠りを作ってしまうのが三郎なのだろう。

けど、後ろ盾をしてやる義理はない。こればかりは酷な話だけれども、譲れるものではないのだ。


「ってか、兵助、歩きながらアイス食うなよ」
「へつにひひはろ」
「何言ってんのか分かんねぇって!」

八左ヱ門の言葉にもぐもぐとアイスを口にしながら告げたら、苦笑された。
けど、アイスタイムにアイスを食べるのが決まりだったのだから、これだけは止められないのだ。

そうこうしているうちに、雷蔵の部屋の前まで着いた。
まぁ、階段を下りるだけだからそれほど時間のかかる作業でもないけれども。

八左ヱ門が呼び鈴を押した。
さっき俺のところに来る時は鳴らさなかった癖に、がいるからだろうか。

「はーい」

中でそんな声が聞こえて、扉が開いた。

「あ、竹谷先輩……と、久々知先輩?」

顔を出したのは、会いたくて仕方なかっただった。
けど、俺はすぐに思考を止めてしまった。
なぜならば、目の前でこちらを見上げている彼女は、いつもの姿ではなかったのだ。

簡潔に言えば、エプロン姿だった。
まるで夫の帰りを待っていた妻のように見えて自然と頬が赤く染まる。

「どうかしました?」
「え、いや、な、なんでもない! な、兵助!」
「え、あ、うん、こんばんは!」

八左ヱ門も同じようなことを想像していたのか慌てた様子で声を発した。
俺は八左ヱ門の呼びかけにコクコクと頷いた後、挨拶の言葉を述べる。

「あ、入ってください」
「あ、ああ、邪魔するな」
「お邪魔します」

二人揃って中に入った。ちょうど玄関口にやってきた雷蔵と鉢合った。
雷蔵は困った表情で彼女に視線を向けた。

「僕が出るって言ったのに」
「いえいえ、竹谷先輩だと思ってましたから大丈夫ですよ」

彼女は、雷蔵の言葉に笑みを浮かべて返していた。

「あれ、兵助も一緒?」
「悪いか?」

八左ヱ門の後ろにいた俺に気付いた雷蔵が、少しだけ驚いた様子でこちらを見たので、俺は眉間に皺を寄せた。

「ううん、そんな事ないけど」
「それよりも、なんで、がエプロンしてるんだ」

八左ヱ門が矢継ぎ早に言葉を発した。それに応えたのは彼女だった。

「洗い物の手伝いをしていたんです」
「僕はしなくていいって言ったんだけどね」
「ご馳走になってるのに、何もしないわけにもいきませんよ」
「僕の好意なんだから、気にしなくていいのに」

この光景はなんだ。まるで新婚な夫婦みたいじゃないか。
こんなものを見たいが為にここにきたわけじゃない。

何となくムカムカするものが湧き出てきて、俺は持っていた豆腐アイスにスプーンをぶっ刺した。途端に塊がぐちゃぐちゃと崩れていく。普段の俺ならば行儀の悪いことなどしない。けれども、いまはそれも気にならなかった。

「そう言えば、久々知先輩は何を持ってるんですか?」
「ああ、こいつ毎日豆腐アイス食べてるんだよ」
「豆腐、アイス?」

八左ヱ門の言葉に、は初めて聞いた単語のようにきょとんとした表情を浮かべた。

「原材料に豆腐が入ってる」
「あ、なんだ。豆腐をそのまま凍らせたのかと思っちゃいました」

それだと、ただの凍った豆腐じゃんと普通ならきつく突っ込むところだけれども、直ぐ近くでが動いて喋ってる姿を見れるだけで幸せな気持ちになれた。俺って単純かな。

「食べる?」

興味深そうに見てくるので、俺はアイスを掬って彼女に差し出した。

「はい、いただきます」
「え、ちょ、まっ」

雷蔵が何故かそれを止めようとしたらしいけれども、スプーンは既に彼女の口の中だった。

「わぁ、濃厚ですねぇ」

スプーンから口を外した彼女は軽く咀嚼すると笑みを浮かべてそう告げた。
直ぐ近くのその笑みにドクンと心臓が大きく動いた。
その熱を冷ますように俺も豆腐アイスを口に含んだ。舌に乗った冷たい感触が気持ちいい。

「兵助、おま、それ!」
「もうやだ、兵助の天然ばか!」
「?」

すると、雷蔵と八左ヱ門が慌てた様子でこちらを見ていた。
意味が分からず俺は首を傾げた。



あぁ、素晴らしき人生




後に、その意味に気づいた俺が顔を真っ赤にさせたのは言うまでもない。


120626
無意識で間接キス。