在るようで、無いもの



「お邪魔しました」
「もう暗いし送っていくよ」
「物騒だから一人で帰らないほうがいい」
「たまには俺にも騎士役をさせてくれ!」

玄関口で挨拶の言葉を述べると、三人三様の答えが返ってきた。けれども、誰もが危険だから一人で帰るなと告げているのは分かった。

けれども、彼女でもない人間相手に労を掛けるのは申し訳ない。
それに、駅からそれほど離れていないので大丈夫だろう。

「嫌でも送っていく」

私の考えを読まれたのか久々知先輩がそう告げた。

「俺も! ついでにコンビニに用事あるしな!」

そして、竹谷先輩まで断れない理由つきでそう告げた。

「僕がここに招待したんだから最後まで責任もって送らせて」

極めつけに不破先輩の言葉だ。

嗚呼、優しい。この変わらない優しさがとても心地よくて、同時に忘れていた感情を引き起こして泣きそうになる。

「用意するから、さんは少しだけ外で待っててもらえる?」
「俺も、片付けたら直ぐ来るから」
「俺も戸締り終えたら行くから!」
「……はい」

なのに、その言葉に私は自然と頷いていた。

促されるままに私は外に出た。見上げると群青色の空に半月が浮かんでいた。そう言えば、お月見っていつだったかなとぼんやりと考えていた。
すると、直ぐ近くから砂を踏む音が聞こえて、随分と早いなと思いながら空に向けていた顔をそちらへ向けた。

「!?」

そこにいた予想外の人物に驚きの表情が浮かんだ。
向こうも私がここに居るとは思っていなかったようで驚いた表情だった。久しぶりに見る姿は、最後に見たときと全く変わっていない。

「――は」
「お待たせ! って、三郎じゃん。どっか行ってたのかよ!」

彼の名前を呼ぼうとしたところで、背後から声が掛けられた。竹谷先輩だ。

「……別に、ちょっとそこまで行ってただけだ」
「そっか、あ、俺ら、を送っていくんだけど、お前どうする?」

竹谷先輩の言葉に、鉢屋先輩の眉間に軽く皺が寄った。

「俺らってことは、他にもいるのか?」
「ああ、雷蔵と兵助」
「三人ともかよ」

彼等が仲良く話をしている間、私はその間に挟まれて内心で冷や汗を浮かべていた。
竹谷先輩とは誤解が解けたけど鉢屋先輩とはあの日以来、会っていない。避けられる意味も何も分からない状態なのに普通に話しかけてもいいのだろうか。

「お待たせ。あ、三郎。君も参加するの?」

そんなことを考えていると支度を終えたらしい不破先輩が玄関から出てくるところだった。鍵を閉め体をこちらに向けたときに、鉢屋先輩の存在に気付いたらしい。

「俺は疲れてるからいい」
「そう?」
「ああ、じゃあ」

鉢屋先輩は短くそう告げて、私たちに背を向けて階段を上っていった。

完全に避けられている。最初に目が合っただけで、それ以後は会話もなく、視線も全く合わなかった。その事実を改めて認識して気落ちした。
けど、これが普通なのかもしれない。鉢屋先輩には彼女が居る。だから、私みたいな異性の後輩と仲良くしていられないのだ。嫉妬深いあの人ならば尚のこと。


「待たせた」
「兵助遅いぞ、何やってんだ」
「だから、待たせたって言っただろ」

先輩と入れ替わりに久々知先輩が階段から降りてきた。落ち込んだ表情だと先輩たちに心配されてしまうので、私は思考を無理やり切り替えた。





「今日は本当にありがとうございました」

駅まではほんの五分ほどで辿り着いた。これだったら大勢で送ってもらわなくても良かったなと思ったけれども、彼らの厚意を無駄にするわけにはいかないので口にはしなかった。

「また遊びにおいで」
「今度は俺の部屋な!」
「八左ヱ門の部屋は、駄目」
「なんでだよ!?」

途端に騒がしくなる。そのやり取りが、昔と変わらなくて笑みがこぼれた。

「ほら、こんなところで騒ぐと迷惑だよ。それじゃあ、さん。またね」
「はい、さようなら」

挨拶をして私は改札を潜った。
振り返るとブンブンと大きく手を振る竹谷先輩が居て、まるで送別会のようだ。
私は小さく笑みを浮かべて軽く手を振り返した。


120725