「わぁ! さんだー!!」

成長期というものを甘く見ていた。私より背の低かった彼らも今では私をゆうに越していて首を上げないと会話が出来ないほどだ。
そんな背の高い集団がわらわらと駆け寄ってきて私を囲んだ時の恐ろしさが分かるだろうか。しかも、質の悪いことに彼らには何の悪意もないので強行突破することも出来ない。
最初は笑みを浮かべていた私も今はその圧迫感に額に汗が浮かんでいた。

「こらぁぁ! お前ら実習中だろうが!!」

後ろから大声が聞こえてきた。クラスの教科担当の土井半助先生だ。

(お邪魔しちゃったかな)

課外実習らしい彼らと出会ったのは、つい先ほどのことだ。
見覚えのある集団がいるなぁと視線を向けていたら、その内の一人と目が合った。途端に、私の名を呼んで彼等が駆けてきたのだ。

「えー、土井先生、折角なんすから自習にしてくださいよー」
「そんなことできるか!」

きり丸君の言葉に土井先生がさらに声を荒げた。

「ほ、ほら、みんな、先生を困らせちゃ駄目だよ!」

ここは当事者である私が何とかこの場を収めなければらない。

「僕、もっとさんとおしゃべりしたいです!」

喜三太君の言葉に、周りの子達も俺もー僕もーと言葉を続けた。けど、授業を妨害してまで意見を通すわけには行かない。

「ごめんね、用事があるから」
「えー」
「あ、もしかして、デートですか!?」

集団の中の誰かがそんな声をあげた途端、ざわりとどよめきが起こった。

「そんなの俺は認めないっすよ!!」
「きり丸、そんなムキになってどうしたの?」

叫んだきり丸に、乱太郎が驚いた様子で彼を見た。ギュッと拳を握っている彼に、私も驚きを隠せない。視線を向けるとばつが悪そうにきり丸君がそっぽを向いた。

「なんでもないっす」
「それで、誰とデートなんですか〜? 食満先輩?」
「え、いや、デートじゃないよ? レポートの資料を貰いに歴史博物館に行くだけだから」

しんべヱ君がノンビリした口調で告げてきたけど、なぜそこで食満先輩の名前が出てくるのだろうかと疑問に思いながらも私は自分の用件をきちんと告げた。

私の言葉にきり丸君が、えっと驚いた声をあげて顔を上げた。
そんな様子に私は微苦笑を浮かべた。

「……歴史博物館にいくんっすか?」
「誰もデートだなんて言ってないじゃない」
「だったら、いいんす」
「?」

ポツリと呟いた言葉に首を傾げながらも、この年頃の子は難しいなぁと三つしか違わないけどオバサン臭い感想を漏らした。

「だったら、僕もついていっていいですか?」
「でも、君たちはいま授業中でしょう?」
「学園長先生のいつもの思いつきなオリエンテーリングなんで別に場所は何処でもいいんです」

学級委員長である君がそんなことを告げていいのだろうかと内心で思いながらも、優等生でもある彼は私が行く目的地に興味があったのだろうと結論付けた。

「静かにできるならいいよ」
「はい、ありがとうございます!」
「えー、庄左ヱ門ずるい! 俺だって行きたい!」
「僕も!」

またもやざわざわと周辺がざわめいた。もはや彼らが何を言っているのか収拾がつかない状況だ。


「とりあえず、お前たち、彼女から離れなさい!」
『えーー!?』

盛大なブーイングだけ綺麗に揃った。けど、土井先生が拳骨を喰らいたいのかと拳を握ったことにより皆が渋々離れてくれた。
やっと私を取り囲む大きな壁が消えたことに内心で安堵の息を吐いた。

「すみません、こいつらが煩くて」
「あ、いいえ、気にしないでください」
「先生、それじゃあ俺らが迷惑掛けたみたいじゃないっすか」
「かけてるんだ!」

きり丸君の言葉に土井先生がまた怒鳴った。
彼らに苦労されているのは、三年前から何一つ変わっていないらしい。
折角、中等部から高等部に異属になっても受け持ち生徒が変わらないんじゃ意味ないもんね。
けど、は組の生徒をまとめられるのは最早、土井半助と山田伝蔵の二人しか居ないと言われているらしいので、仕方ないのかもしれない。現に伝蔵伯父さんも同時に高等部に異属されたのが、いい証拠だ。

「そういえば、伝蔵伯父さんが見当たりませんけど……」
「ええ、別グループの引率です」

そう言えば、さっきは囲まれていたから気付かなかったけど、ここにいるは組の生徒もいつもの半分しか居ない。きり丸君に乱太郎君、しんべヱ君に庄左ヱ門君、喜三太君と団蔵君だ。残りの生徒は伝蔵伯父さんと一緒なのだろう。

「それよりも土井先生、歴史博物館へ行ってもよろしいでしょうか? さんには許可を貰ってあります」
「庄左ヱ門は本当にしっかりしてるなぁ」
「それで、お返事は」
「分かった分かった、迷惑だけは掛けないようにな」

土井先生の許可に庄左ヱ門君は嬉しそうに笑みを浮かべた後、私に向けて、よろしくお願いしますと挨拶の言葉を掛けてきたので、私も慌てて一礼した。




尋常なる日常




博物館についた途端、その大きさに好奇心が抑え切れなかったのか彼らはクモの子を散らすように四方に駆けていった。

「全くあいつらは……」
「元気ですね」

そんな様子を見送りながら、私は隣で胃を押さえて呟く土井先生に微苦笑を浮かべた。

「高校生なんですから、もう少し大人しくなってほしいものです」
「あはは」

否定すべきかどうか迷ったので苦笑いで曖昧に答えた。

「あ、私、資料を受け取りにいきますけど、土井先生はどうします?」
「折角なので見学してきます。見終わったら休憩コーナーにいますので」
「はい、また後で」

私は、そう答えて受付に向かった。



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閑話的な感じで。