「、そんな風に不貞腐れていたら折角のおめかしが台無しよ?」
「……ねぇ、私は何にも聞かされてないんですけど」
鏡に映るもう一人の私は普段よりも大人びていた。髪だって綺麗にまとめあげられているし、服だって高級感が溢れている。なにより化粧がいつもより濃い。
後期が始まってカリキュラムの確認をしていたところに親に無理やり連れ出されて、こんな状態に仕上げられたのだ。拗ねたくもなるだろう。
この母親は毎回唐突過ぎるのだ。せめて、めかし込む前に理由を本人に告げ了承を得た上で行動に移して欲しい。
「さあ、行きましょう」
「だから、どこへ!?」
「何言ってるの、時間帯を考えたら食事しかないじゃない」
「今日、誰か誕生日だった?」
そんな記憶は全くない。もしも、そうだとしたらドレス必須の誕生パーティーって相手はどれだけのセレブなやつなんだ。そして、何故それに私も参加させられるのだ。意味不明すぎる。
「そんなものないわよ、ただの食事。お父さんは既に先に行って待ってるから早くしなさい」
いつの間にか母は用意を完璧に済ませていた。一体いつ用意をしていたんだ。
しかし、怪しい。怪しすぎる。家族の食事でなんでこんな大仰なんだ。
けれども、急かす母に逆らえる術がなかった。そもそも、行かなければ必然的に晩御飯抜きになるのは目に見えて分かる。だから、渋々だが母親の後についていった。
◇
後悔した。
家族でただの食事だって?
だったら、今目の前にいる彼らはいったいなんだというのだ。
「おお、。見違えたなぁ」
「伝蔵おじさんお久しぶりです。そして、ありがとうございます」
山田親子が居ました。確かに家族の食事に親戚が加わっていてもおかしなことはないだろう。でも、物凄く気まずい。特に、その横にいる「り」がつく男性とは。
「、久しぶり。綺麗だよ」
「……ありがとう」
さらりと笑みを浮かべて告げた利吉くんに、私は引き攣りそうになる顔を何とか押さえ込んで、お礼の言葉を述べた。
どんな時も動じずに切り替えられるなんてプロだ。動揺している私のほうが莫迦らしいとすら思える。
(今日は、ただ食事をするだけだ。だから、食べたらさっさと帰るんだ!)
呪文のように言い聞かせる。
流石にここで事を荒立てるわけにもいかない。それを利吉くんも理解しているのだろう。だから、私も出来るだけ平静を装うことにした。
促されるまま椅子に腰をおろした。
それと同時に食事がテーブルに並べられた。どれも高そうだ。けど、凄く美味しそうだ。
「ぷっ、口開いてるぞ」
「!」
滅多に食べることの無いメニューの羅列に目移りしていたところを向かいにいた利吉くんにばっちり見られてしまったらしい。
「う、うるさい」
かぁと頬に熱が集まった。仕方ないじゃないか、こういう高級なレストランなんて滅多に来ないのだ。しかも、空腹状態のまま、ここに連れて来られたのだから、どれも美味しそうに見えるのは当然のことだ。
「これ利吉、苛めてやるな」
それを見かねた伝蔵おじさんが間に入ってくれたけれども、その表情もどこか穏やかなもので、逆に恥ずかしさが増す。
「苛めてません。素直に感想を述べただけです」
「お前は本当に……」
「いいのよ、お兄さん。が食いしん坊なのは今に始まったことじゃないもの」
「お母さん!」
ほほほと笑みを漏らした母をジト目で見遣ったけれども、全く効果はなかった。なので、私はフォークを手にとって先に食事を始めることにした。こうなったら自棄食いである。
◇
あれから食事は順調に進んだ。周りの他愛ない会話を耳にしながら、私は食後のデザートに舌鼓を打っていた。
周りの人間は食後のお酒を飲んでいるので、話題に入りにくいというのもあった。けど、まだ未成年なので仕方ない。
それに、このデザートがこれがまたすごく美味しいのだ。さすが高いだけある。きっと有名なパティシエとかが作ったに違いない。滅多に食べられるものじゃないと思うと余計にしっかり味わって食べなければと、私はそれに集中した。
「」
「ふぁい?」
フォークを口の挟んだ状態で顔を上げたら、思い切り呆れた表情を貰った。
「アンタに気品さが出るのは何年先になることかしら」
「いきなり話しかけてくるからでしょ」
フォークを口から放して、そう告げた。代わりに目の前のストロベリーをグサリとさした。
「それよりも、話聞いてた?」
「???」
唐突の問いかけに私は首を傾げた。すると、またため息を吐かれた。何か大事な話しでもしていたのだろうか。
「フォークを置きなさい」
「う、ん」
なんだかとても大事な話のようだ。私は手にしていたフォークを皿の上に置いた。カツンと高い音を発してしまったけれども、あまり気にはならなかったようでお咎めはなかった。
「が成人してから話そうと思っていたことなんだけどね」
そんな前置きから始まった会話に嫌な予感がしたのは、間違いではないだろう。
序幕から終幕へ
お願いだから、もう少しだけ待って。
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