、待て!」

店を出てすぐのところで、腕を取られて引き止められた。
それをなした相手を睨みつけるように見上げた。
私の表情を見て相手の眉が顰められたけれども、私は睨みつけるのを止められなかった。

「知ってたんでしょ」
「……ああ」
「なんで、黙ってたの!?」

知っていたら、こんな風に取り乱すことなんてなかったかもしれない。

「連絡を途絶えさせたのは、の方じゃないか」
「!!」

その言葉に異論を唱えることが出なかった。そうだ。彼と距離を開けていたのは誰でもない私だ。もしかしたら、利吉くんは何度もこのことを私に告げようとしてくれたのかもしれない。
彼を責める資格なんて何処にもない。自然と視線が落ちた。

「ちゃんと伝えなかったのは、悪いと思ってる。けど、逃げるほど嫌だったのか?」
「…………」

答えは出なかった。でも、こうやって取り乱して席を立ってしまったのが何よりもそれを肯定していたように思える。

「ちが、う」

それでも、否定したかった。

「ちがうの、そうじゃない。すきだよ、だいすきだよ、大好き、なの」

否定しなきゃいけないと本能が告げていたのだろうか。それとも、それはただの言い訳に過ぎないのだろうか。自分でも分からないのに言葉として紡がずにいられなかった。

「無理に言わなくていい」

言葉を止められて私は仰ぎ見た。利吉くんが微苦笑を浮かべていた。
そして、空いたほうの手で私の頭を軽く撫でた。その手つきは昔と変わらず優しい。泣きそうになったけど下唇を噛むことで堪えた。

「ちゃんと分かってるよ。まだ、心の整理がついてないんだろう?」

利吉くんの言葉が自然と心に染み込んできた。こくりと首を縦に振った。


あの時にしてくれた彼の告白を忘れたわけではない。鮮明に覚えていた。
その時の私は、恐らく今以上に混乱していた。答えという答えもろくに返さなかったように思う。
それでも、頭ではちゃんと分かってた。利吉くんの両親は聡い。だから、この話は前向きに進められれる。
もしも、その話が私の耳に入れられる時が来ても、ちゃんと平静でいられるって思ってた。
なのに、いざとなると私の心は簡単に尻尾を巻いた。
私は、そんな弱虫な自分が何よりも許せなかったのかもしれない。

「帰ろうか、送っていくよ」
「でも」
「大丈夫、おばさんたちにはちゃんと告げてきたから」

なんと手回しの早い人だ。でも、あんな風に唐突に出てきてしまった手前、何事もなかったように席に戻ることも出来そうにない。私は、その言葉に素直に頷いた。
すると、掴んでいた手を一度離して、ちゃんと手のひらを握られた。

「慣れない靴を履いてるだろ?」

私の疑問を感じ取ったのか、それとも離してと言わせないためか利吉くんが先にその言葉を発したので、私は無言で返すことしかできなかった。

それを由ととったのだろう。軽く手を引かれたので、私は仕方なく止めていた足を動かした。





街中で場違いな服を着ている私たちは目立つだろう。けれども、休日の街はとても賑やかで、風変わりな通行人に意識を向ける人なんていなかった。

私たちの間に会話はない。ただ手を繋いで静かに家に続く道を歩いているだけだ。
私の歩調に合わせてくれているようで、足を痛めることも疲れるようなこともない。

そのさり気ない優しさに、私はいつも甘えている。
あからさまに避ける態度を取っていたのに、こういう時ばかり頼る私は本当に我儘だ。

利吉くんには私を責める権利が十分にある。でも、彼は、それをしない。
ただ好きだと告げるだけ。私には、それに応えられる気持ちがない。
利吉くんのことは好きだ。大切だ。でも、そこに愛という言葉をつける自信はない。


だって、私は、今も利吉くんを――利用している。


?」

足を止めてしまった私に気付いて、先を行っていた利吉くんの足も止まった。
心配そうな声が聞こえてきた。

「……ない」
「ん?」

「今日は……帰りたくない」

ポツリと呟いた私の言葉に利吉くんの肩がピクリと動いたのが手のひらから伝わってきた。顔を上げて利吉くんを見ると、少しだけ驚いた表情を浮かべていた。

「帰りたくないの」

その言葉を繰り返した。すると、利吉くんの表情が曇った。

「意味を分かって言ってるのか?」
「…………」

私は一度だけ首を縦に振った。分からないほど幼くもない。愚かなことを口走ったと理解していた。それでも、今は家に帰りたくなかった。こんな気持ちを残したままあの温かい家に戻ったら、何もかもが冷たくなってしまうような気がした。

「私の家に、来るか?」

利吉くんの手を握る力が強まったのが分かった。いつの間にか握った手のひらに汗をかいていた。一体、どちらが緊張しているのだろうか。


「……うん」

私は、小さく頷いた。

空に浮かぶ月が、眩しくて仕方なかった。

あの月を燃やしてしまえたら



140315
びっくり急展開。