「サイズ、ぴったり」

利吉くんに手渡された服は私が選ばない大人っぽいものだった。
しかし、なぜ、こんなにもピッタリなのだろうかと疑問符が頭を過ぎったけれども、同時に昨晩のことまで鮮明に再生されてしまったので慌てて停止ボタンを押した。

しかし、朝帰りをしてしまった。親は、利吉くんと一緒だと分かっているだろうからお咎めはないかもしれないけれども、変な勘繰りを入れられはしないかと思うと顔から火が出そうである。

なぜ利吉くんは私を抱かなかったのだろう。望んだわけではないので、抱かれなかったことは正直ホッとした。でも、そんな自分に嫌悪した。

「何やってんだろ」

こんな風に自棄になってしまうなんて。それだけ私は追い詰められていたというのだろうか。それだけ利吉くんの優しさに依存してしまったのだろうか。

? 着替え終わったか?」
「え、うん。直ぐ行く」

扉の向こうから声が聞こえて私は我に返った。慌てて返事をして扉の外へ向かった。



縁に抗う


「どう、かな?」
「うん、綺麗だよ」

こちらを見ている利吉くんの視線に耐え切れなくて視線を外しながら尋ねた。
すると、さらりと気障な言葉が返ってきたので、尚更に頬に熱が集まる。

「あと、これも」
「っ」

急に首に腕を回されて顔が近くなった。ビクリと体が震えたけれども、利吉くんはそれを咎めることはなかった。
なんだろうと思っていたら冷たい感触がして少しだけ吃驚した。

「これって」

ネックレスだった。銀色の鎖の先にはピンク色の石が付いていた。
どう見ても高級そうなものだ。

「貰えないよ!」

慌ててそれを外そうと手を掛けたけれども、利吉くんに制止された。

「本当は、食事の後に渡そうと思ってた奴だから、が受け取ってくれ」
「…………だったら、余計に無理だよ」

そう告げて俯いた。
受け入れてしまえばいい。一瞬そう思った自分もいた。そうすれば何も考えなくていい。ただ、目の前にある幸せを掴んでしまえば、何も考えなくていい。
でも、それはただの甘えでしかない。幸せという名の後ろめたさを一生背負って生きていくことを、果たして幸せと呼んでいいのだろうか。昨晩それを嫌というほど教えられたのだ。

だから、受け入れられない。

「心外だな、まるで私がモノで釣っているみたいじゃないか」
「そ、そういうつもりでいったわけじゃ」
「分かってるよ。でも、私はが好きだ」

その言葉にピクリと肩が震えた。それを宥めるように軽く頭を撫でられた。

「答えは、まだ先でいい。これはただの私の傲慢に過ぎない。それに私のことまで考える余裕がないのはよくわかった。それなら、ただ受け取ってくれるだけでいいんだ」

泣きそうだ。どうして、利吉くんは利吉くんなの。もっと悪者だったら、もっと酷い人だったら、私は容赦なくその手を振り払うことが出来るのに。そうやって優しくして受け入れる体勢でいられたら、私はまた寄り掛かりたくなる。

「あと、昨晩のお詫びも兼ねてるんだ」
「!」

かぁと頬が赤く染まった。思い出したくなかったことをまた思い出させられた。何か言葉を発そうとしたけれども、言葉にならなかった。


「ははっ、、顔真っ赤だな」
「り、利吉くんの、せいだよっ」

ジト目で睨みつけたけれども、彼の表情は凄く嬉しそうなもので、全く歯が立っていないことが分かる。

「それだけ元気なら、もう大丈夫だな」
「あ」

その言葉に、利吉くんの配慮を知った。
後腐れのないように、努めてくれたのだろうか。

「ありが、とう」
「どういたしまして」
「あと、この服、ありがとう」
「あ……ああ」
「?」

私の言葉に利吉くんは少しだけばつの悪そうな顔を浮かべた。その理由が分からずに私は首を傾げる。

「隠しても意味がないから言うけど、元カノからもらってきたんだ」

その言葉に私の眉間に皺が寄った。

「言っておくけど、彼女は既に結婚してるし、今は本当にただの友人だよ」

続けられた言葉に驚き顔で利吉くんを見ると、微苦笑を浮かべられた。

「もしかして、嫉妬してくれたのか?」
「そ、んなこと、ない、もん」

もしかしたら、少しだけそう思ったのかもしれない。ただ、これは恋心による嫉妬ではなく、大事な兄を取られそうな不安に近いのかもしれない。
けど、素直にそんな風に言うこともできなかった。


「今日はどうする? 帰るなら送っていくし、昼食をとるならどこかで食べようか?」

ほら、優しい。困っていると直ぐにそうやってさり気なく話を切り替えてくれる。
分かっていて、そうやって私はこれに甘えしまうのだ。本当にずるい女だ。

「お腹すいた」

起きてから何も食べていないことに気付いて、そう告げるときゅるるとそれに合わせてお腹が鳴った。
その様子に利吉くんが微笑を浮かべた。

「何が食べたい?」
「……お好み焼き」
「また随分な選択だな」
「だって、急に食べたくなったんだもの」

昨晩に高級なものを口にした反動だろうか、庶民的な味が恋しくなった。

「それじゃあ、行こうか」
「うん」

差し出されたその手を取った。




140509
これでも、未遂です。