が去って行く方向を見つめた後、私は、ふうとため息を一つ吐いた。
「……盗み聞きは楽しいですか、立花仙蔵先輩?」
私の言葉に物陰からその人物が姿を現した。
いつもと変わらず淡々とした表情を浮かべていた。
「ここに私を呼び出したのはお前だろう」
「でも、時間よりも来るのが早いと思いますけど?」
とはいいつつも、遅刻という汚名を着せられたくない先輩が早めにこちらにくることは想定していた。そして、私たち二人の姿を見て疑問に思って様子見するだろうことも計算済みだ。
まさか偶然に七松先輩まで現れるとは思わなかったけれども。
「私がいることを確信していて、話を進めるお前も相当だと思うがな」
「何とでも言ってください」
私の一刀両断の言葉に一瞬だけ不快そうに眉を顰めたが、それを咎めることはしてこなかった。たぶん、どうでもいいと思ったのだろう。
「先ほどの話は真なのか?」
「婚約のことですか?」
彼が一番知りたい情報はこれだろう。だから、
を追いかけずに、この場に残ったのだ。私に見つけられるのも彼にとっては計算のうちだったに違いない。それが何となく腹立たしいが、今はそれを追求している暇はない。
「本当ですよ。ああ、でも、
が承諾していないなら成立はしてないと思いますけど」
眉間に皺を寄せた先輩に続けて言葉を紡いだ。明らかな安堵の息を吐いたことに、この先輩でも焦ることってあるんだなと胸中で感想を漏らした。
「まぁ、向こうが諦めたかどうかは私の与り知らぬ所ですけどね」
十中八九、利吉さんは納得していないだろう。彼が
を好きなのは、事実だ。そして、
が利吉さんを本気で嫌っていないことも彼はちゃんと理解していることだろう。だとしても、今のところは無理強いはしてこないとは思う。
それでも、今の
の一番の支えになっているのは、誰でもない山田利吉だ。
私の友人を捕らえて離さない男。その事実が腹立たしい。それでも、私は、あの男に少なからず感謝の念も抱いている。今の
が
でいられたのは、あの男のお陰だからだ。
あの時、最初に
の異変に気付いていれば。
救いの手を差し伸べたのがあの男ではなく私であればよかったのだ。そうすれば、こんな状況に発展することなどなかったかもしれない。
がここまで彼に意識を向けることもなかったかもしれない。
いまさら言っても遅いのは分かっている。それでも、
は心の何処かで彼を拠り所にしているのは事実なのだ。
やっぱり、あの男は腹立たしい。
「先輩、この後お暇ですか?」
前を見据えて告げると、先輩の表情が怪訝なものに変わった。
急に話が飛んだので何を企んでいるのかと思ったのだろう。構わず私は言葉を続けた。
「できれば、
とも仲のいい先輩のご友人を集められるだけ集めて貰えませんか」
「何のつもりだ」
「先輩方に、お願いがありまして――
のことで」
その言葉に先輩の表情が更に険しくなったをみて、満面の笑みを浮かべた。
流るるものの、行く末願い
150330
花乃子さんはS属性。