「っ!!」
ざぁああっと強い風があたりに吹き渡り、花壇で『約束』に触れていた沙耶はハッと顔を上げた。
風が『約束』の花びらを2,3枚奪って空へと昇っていく。
「・・・今の気配・・まさか・・っ!?」
とっさに眞王廟のある方を見て沙耶は苦笑いを浮かべた。
いつの間にかその隣にはフォンウィンコット卿スザナ・ジュリアが立っている。
「・・・陛下がこっちの世界にもう2度と来ないのなら・・私の役目は終わったと思ったのに。・・・折角、隠居生活を楽しもうと思ったのになぁ・・・。どうやら、それはまだ許されないみたいね」
そう言って悪戯微笑を浮かべる沙耶にジュリアは悪戯的な微笑を浮かべ頷くとふっと姿を消した。
沙耶はそのまま空を見つめる。
「おかえりなさい・・・ユーリ陛下。」
次の瞬間、中庭に面した廊下を細かく波打つ赤茶の髪と、同じ色の凛々しい眉。
オリーブ色の肌をしたグレタがものすごい勢いで走ってきた。
「サヤ!!サヤ、あのね・・っ・・今ね・・っ!!ユーリの・・っ」
よっぽど急いできたのか肩で息をしながら話しかけてくるグレタを見て沙耶は小さく頷く。
「えぇ、分かっています、プリンセス。お迎えに行きましょう?」
「・・・うんっ!!」
眞王廟、中庭−。
いきなり起きたその現象に、その場にいるフォンクライスト卿ギュンター、ウェラー卿コンラート、ウルリーケ、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム、フォンヴォルテール卿グウェンダルは驚きのあまり呆気にとられ池の中を凝視していた。
皆、これ以上驚いたことはないというまでに目が点になっている。
そして、それは池の中にいる俺−渋谷有利原宿不利−も同じだった。
・・・え・・?ちょ・・ちょっとまって・・何で・・っ・・俺、地球の池に村田に突き飛ばされて・・それで・・
「どういうことだよ・・村田・・」
呆気にとられたまま俺の後ろにいるであろう村田に尋ねる。
きっと俺の目も今、点になっているんだよな。
「創主を倒した時、君は眞王を超える力を手に入れたんだ。それだけの魔力があれば、時空を自分の意思で移動できるって事」
「・・・それ・・知ってたんなら・・何で教えてくれないんだよ」
ポタポタと体中から落ちる雫も気にせずに言うと後ろで村田が苦笑いをする気配を感じた。
「いやぁ・・君を池に突き落とした時も、まだ『そうじゃないかなぁ』って感じで確信なかったから。」
「俺も。村田に言われて『千里眼』を使って調べたんだけど・・なんかものすごく曖昧にしか見えなくて・・でも試してみる価値はあるって村田に言ったんだ」
村田の隣から門崎の声も聞こえてくる。
え・・ってかつまり・・2人はこっちに戻れる可能性があるって事気が付いてたのかよ!?
「・・・」
眞魔国の皆はまだ驚きが醒めないのか誰も言葉を発そうとしない。
ってか気絶してないよな、皆!?
「・・・まぁ・・とりあえず・・」
あまりに静かなため少し不安になった俺を見てグウェンダルが口を開いた。
「これで王位継承の問題は解決されたわけだ」
その言葉にハッとしたようにギュンターも、いつも通りに頬を染めて瞳を潤ませ「あぁ、またお会いできるなんて」と言ってくれた。
その2人の様子を見ているとチャプ・・と音がしてヴォルフラムが池に軍靴のまま入ってくる。
そんなもので入ったら後で大変だぞ?
「・・・」
俺は池の中で手をついたまま俺を見下ろすヴォルフラムを見上げる。
ヴォルフラムは何か言いたそうに口をへの字に曲げながら頬を赤くして俺を睨み付けている。
「ヴォ・・・」
思わず声を発した俺を無視してヴォルフラムはゆっくりとしゃがみ、俺と視線を合わせ、そして・・・−。
「このへなちょこ!!帰ってこれるのに今までどこで何をしていた!」
と叫び俺の襟元を掴み上下に揺さぶり始めた。
そ、そんなこと言ったって・・っ!
「俺だって知らなかったんだから、しょうがないだろっ!!そういうことは村田に言ってくれよ、村田に!!あと門崎にも!!」
「えっ、俺も巻き添え!?」
「門崎、ご愁傷様〜v」
「村田!!ってか渋谷もフォンビーレフェルト卿もやめろって!!」
「うるさい!」
バシャバシャと水をあたりにまき散らしながら叫ぶ俺にヴォルフラムは容赦なく巻き付いてくる。
そしてその後ろでは水を避けながら村田と門崎がびしょぬれになっている。
その時だ、それまで俺たち4人の様子を見ていた『彼』が声をかけてきた。
・・会いたくて・・会いたくて・・仕方なかった彼・・。
「おかえりなさい、陛下。貴方の国へ」
その言葉に俺たち4人の動きがぴたっと止まる。
・・コンラッド・・。
「うん・・皆、ただいまっ!」
俺はそう言うと満面の笑みを浮かべた。
帰ってきた・・帰ってきたんだ!俺は・・眞魔国に・・俺の国に帰ってきたんだ!
「ユーリっ!!」
その余韻に浸る間もなく、眞王廟の廊下から懐かしい声が聞こえてきた。
「あ・・・っ」
そこにはグレタが泣き顔で立っていた。
その隣にはサヤさんも微笑んで立っている。
その手には真っ白なタオルが抱えられていた。
「サヤさん、・・グレタ・・ただいま」
俺がそういうとサヤさんには微笑んだまま頷く。
「おかえりなさい、ユーリ陛下。猊下、裕哉。ほら、いつまでもそんなところにいると風邪を引くわよ?」
「ユーリっ!!」
グレタがサヤさんの横から飛び出し、構わず池に入ると俺の胸に飛び込んだ。
「っ・・グレタ・・」
慌ててその小さな体を抱きしめるとグレタの肩は小さく震えていた。
・・グレタ・・
「ユーリ・・ユーリ・・会いたかったよぉ・・」
その姿が愛しくてグレタをしっかり抱きしめる。
「ごめん、グレタ。ただいま」
「・・さあ、血盟城に戻りましょう!今日は陛下達3人の帰還パーティーを盛大に執り行わなくては・・っ!」
ギュンターはそう言うとハッと気が付いたようにきびすを返した。
「こうしてはいられませんっ!早速城に戻って準備しなくては!では私は先に戻りますのでっ!!」
「ちょ・・ギュンターっ!?」
慌てて声をかけるがその頃にはギュンターの姿は廊下の向こうに消えていた。
はやっ!!
「・・やらせてあげて下さい。陛下。ギュンター、本当に落ち込んでましたし・・・。それに今止めてもあとでギーゼラに多大なる迷惑をかけるような気がしますから」
サヤさんが苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。
う・・た・・確かに・・彼の義娘であるギーゼラさんに迷惑がかかるのは困るかも・・。
そんなことを考えているといつのまにかサヤさんからタオルを受け取ったコンラッドがタオルを差しだしてきた。
「コンラッド・・」
村田と門崎は池から出てびしょぬれの髪をタオルで拭いている。
「とりあえず髪だけでも拭きましょう。陛下の・・ユーリの服は血盟城にありますから」
そういって彼はあの爽やかな好青年風の笑顔を向けてくる。
・・夢じゃないんだよ、本当に俺、眞魔国に帰ってきたんだよな。
そのまま手を差し出されその手を握るとぐいっと立たされた。
「びしょぬれ・・ですね。どっかで乾かさないと・・」
そういいながらコンラッドがごしごしと俺の頭をタオルで拭いてくる。
タオル越しに感じる彼の体温にうれしさが溢れてくる。
「あ、猊下と裕哉の服はここにありますよ。」
ウルリーケが微笑みながら2人に話しかけている。
そっか、村田は眞王廟で暮らしていたし、門崎も箱のことでここにいたんだっけ。
「そっか、よかった。じゃあ門崎。僕たちは先に着替えさせてもらおうか。」
びしょぬれの学生服の上からタオルで水分を吸い取りながら村田が門崎に話しかけた。
「ん、そうだな。じゃあ渋谷。俺たち行くからさ。」
門崎はそう言うと眞王廟の方を見る。
「猊下、裕哉。きっとギュンターのことだからパーティーは必ずやると思います。」
「また後でお迎えに参りますね?」
その姿を見てサヤさんとコンラッドが交互に声をかける。
「分かったよ。それじゃあ渋谷。あとでね」
そう言い残して村田と門崎はウルリーケに連れられて眞王廟へと入っていった。
何故かその後ろをグウェンダルも付いていったのが気になったけど・・・気にしない方が良いんだよな、きっと。
ざあぁああ・・という心地よい風があたりに吹き渡っている。
そんな中、俺は俺の護衛兼保護者兼名付け親・・・そして恋人でもあるウェラー卿コンラートの愛馬であるノーカンティーでコンラッドとタンデブーして血盟城へと向かっていた。
「何故だ・・何故、ユーリを僕の馬に乗せてはいけないんだ、サヤ!」
「ヴォルフラムとユーリ陛下だとまた喧嘩になりそうだからよ。」
一番先頭を歩いている俺たちの後ろではグレタを自分の前に乗せて馬の手綱を握っているサヤさんとヴォルフラムがまだ言い合いをしている。
その心地よい風のおかげでびしょぬれだった俺の服は少しずつではあるけど大分乾き始めていた。
「・・・」
コンラッドの腰にしっかりと腕を回し、その広い背中にこつんと額をぶつける。
「疲れましたか?」
俺の様子に気が付いたコンラッドが声をかけてくるけど・・。
そうじゃない・・そうじゃなくて・・。
「・・・2度と・・あえないと思ってたんだ・・あんたに」
『さよなら』なんて本当は言いたくなかった。
・・あんたと一緒にいるって約束したから・・
コンラッドのそばにいたかったから・・。
俺のその言葉にコンラッドの肩がぴくりと震え、手綱を握っていた片方の手を離すと彼は俺の手の上に自分の手を重ねてきた。
「・・・俺も・・。2度とユーリに会えないと思ってた。・・見守ってる・・っていったけど・・貴方に会いたかった。」
「コンラッド・・・」
いつもだったらこのままキスとか・・しちゃってるんだろうけど、さすがにここは道だし、後ろにはサヤさんもヴォルフラムもグレタもいるわけで・・。
微かに頬を染めながらコンラッドの背中に頬を押し当てるとコンラッドが微笑んだのを感じた。
顔が見えなくてもあんたがどんな顔してるのか分かるよ・・・コンラッド・・・。
「・・・ユーリ、今日のパーティー・・途中で抜け出しませんか?」
まるで内緒話でもするように声を落としてコンラッドが尋ねてくる。
「え・・・?でも・・それって・・」
「・・・抜け出すというよりも・・さらうっていった方が良いのかな?」
・・・強制ですか!?
思わず顔を引きつらせる俺の後ろではヴォルフラムが「くっつくなーー!」と叫び、サヤさんが小さく溜息をついていた。