The Blue Sky After The Heavy Rain
【2】
今時、珍しい大きく高い石垣が大きな庭をぐるりと囲むように立てられている屋敷の庭。
俺は連の手を引っ張ったまま玄関へと歩いていっていた。
連はその屋敷の様子に驚いているのかしきりに辺りを見回している。
「ここ・・がの家かよ。むちゃくちゃでかいじゃんか」
「外見がでかいだけだってば」
小さく溜息をつくと俺は玄関をがらっと開けた。
その途端、ひんやりとしたこの家独特の空気が溢れてきた。
その空気に子猫がシャー・・・と小さく鳴き声をあげる。
「大丈夫だよ、ちょっと寒いかもしれないけどさ」
思わず苦笑いをして子猫に話しかける。
「、よくきたな。」
次の瞬間、長い廊下の奥から和服に身を包んだ老人−じいちゃんが歩いてきた。
「じいちゃん、うん、ただいま」
にこりと微笑みながら答えるとじいちゃんの瞳が連をとらえる。
「あ・・・は、初めましてっ・・俺、っ・・」
「なかなか変わったお客様だな。さぁ、あがってあがって」
連が何かを言う前にじいちゃんは満面の笑みを浮かべ連の腕を引いた。
「え・・・あの・・えっと・・」
「なに、遠慮することはない。、ばあさんが台所で猫と会うのを楽しみにしているから、行ってくれるかい?」
悪戯微笑を浮かべるじいちゃんを見て俺は小さく息をつくとクスリと笑い頷く。
「わかった。じゃあ、じいちゃん。連の相手よろしくな?」
「え・・っ、お、おい!!」
のじいさんに腕を掴まれたまま、慌ててに声をかけるがは俺に軽く手を振ると1人で猫を連れてどんどん家の奥の方へと歩いていってしまった。
「マジで・・・?」
思わず呆然としている俺を見てじいさんは俺の手を引き、家の中に引きずり込んだ。
「さぁさぁ、すぐにお茶をもってくるから。とにかく座っておくれ」
「え・・・っ、は・・・はい」
輪入道よりかは若い、って、それは当たり前か。
見た目的には60代後半ぐらいのじいさんに手を引かれ、俺は畳がしきつめられている和室へと通された。
その和室の12畳くらいの広さがあり、部屋の中央にはちゃぶ台が置いてある。
壁にはタンス。反対側の壁にはテレビ。和室の入り口の真正面は縁側になっていた。
(本当に一昔前の日本家屋、って感じだな)
そんなことを考えながらも、丸いちゃぶ台の一辺に座るとふと庭へと視線が行く。
俺たちが住んでいるあの家とは大きさはかなり違うが、根本的な造りは一緒なのだろう。
「お待たせしたのう」
そんなことを考えていたとき、反対側−入り口側から声が聞こえてきた。
反射的に振り返ると湯飲み2つと羊羹が乗った皿が乗っているお盆をもってのじいさんが和室へと入ってくる。
「いえ・・・。あの、は・・・」
「なら今、ばあさんの相手に大忙しじゃ。まぁ、そのうち来ると思うからしばらくわしの話相手になってくれんかの?」
じいさんは俺と向かい合う席に腰を下ろすとお茶と羊羹を俺に勧めてくれた。
「・・・分かりました」
俺は笑顔を浮かべると、が来るまでの間、じいさんと話すことにした。
「ところで、お前さん。人間ではないだろう?」
しばらくたわいもない話で盛り上がっていたが、ふと生まれた沈黙のあといきなりそんなことを尋ねられ、俺は一瞬動揺した。
この感じは前にも受けたことがある。
そう−と初めてであったときだ。
あの時、も俺たちを一目見てその正体を見破った。
なんでといい、このじいさんといい・・・
「何で分かったんですか?俺が・・・人間じゃないってこと」
そう尋ねるとじいさんはまるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
その表情はどことなくに似ていた。
「さぁ・・・何でだろうね。ただ、見えてしまうんだよ。『』の血を引く男達にはね」
「え?」
じいさんは美味そうにお茶を啜っている。
「わしの親父も、その親父も・・・。ずっと昔から『』の家に生まれた男には、人と違う能力が生まれつき備わっている。『人ならざる者』を見る力、『人ならざる者』を見分ける力がな。もちろん、その力はわしの息子−つまりの親父にも引き継がれた。そして、にも。」
『人ならざる者を見る力』−。
確かに、には不思議な力がある。
それはあの『言霊』についても言えることだ。
「・・・心配じゃないんですか?が・・・俺みたいな奴と一緒にいて・・・」
今朝の輪入道達との会話を思い出し、思わずそう尋ねると、じいさんはにぃっと笑みを濃くした。
「のことだ。もうすでにお前さんの正体は見破っているんだろう?それでも一緒にいる。・・・ってことはあの子がそれを望んだんだ。心配などしない。」
その迷いのない言葉に俺は、ハッとする。
まだ、こんな人間がいるんだな・・・。
「そう・・・ですか」
そう呟くと、羊羹を一口口に入れた。
甘みを抑えた羊羹がちょうどいい。
お嬢達も喜びそうな味だ、と柄にもないことを考えてしまう。
じいさんはそんな俺を見ながら小さく頷いていたが、やがて湯飲みをことんと置いて少しだけ遠い目をした。
「ところで・・・お前さんはの両親についてどういう風に聞かされているんじゃ?」
「・・・え?父親がいないって事と、母親が行方不明になってるって事ぐらいは・・・」
お茶を飲みながら答えるとじいさんは瞳を伏せる。
「『行方不明』か・・・確かにそういった方がいいかもしれんな」
湯飲みを手全体で撫でるように持ちながらじいさんが呟いた。
「どういうことです?」
その言い方が気になり微かに眉を寄せる。
じいさんはちらりと入り口を見た。
入り口の襖はぴったりしまっている。
「・・・はな。幼い頃・・・実の母親に殺されかけたんじゃ」
「・・・え・・・?」
その言葉に俺は時間が止まったように感じた。
殺されかけた・・・?母親に・・・?
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