聖魔の血脈・3



ロランの両手は押さえ付けたミシェルの体を、その形を確かめるように這い始めている。
「ふあ、あ、やぁ…………ッ」
両腕を必死に突っ張り、ミシェルは彼の胸を力一杯叩いて押しのけようとした。
最初はやや遠慮がちだった抵抗は、しかしロランが微動だにしないために更に強くなる。
「ん、ん、あふ……っ、んんっ……!」
執拗な口付けと、全身を這う指の動きに震えながらミシェルは闇雲に暴れ続けた。
少年の力とはいえ、こんなに殴ったら普通は痛いはずだ。
なのに、至近距離にあるロランの表情は全く動かない。
そうこうしている内に神父の手は、ミシェルの上着の前を開いてしまった。
胸元に忍んだ指先が、確かな意図を持って乳首に触れる。
ぶるっと身を震わせたミシェルは、思いきっていまだ口の中にあるロランの舌に歯を立てた。
「……ッ!」
さすがにこれは効いたのだろうか。
ようやくロランが体を起こす。
ところが彼は、乱れた服の前を必死にかき合わせるミシェルを見てくすりと冷たく笑った。
曇った丸眼鏡の向こうにある瞳には、嘲笑と揶揄とが混じり合った高慢な光がある。
「あまりひどいことをしてやるな。この男が死んでしまうぞ」
その声は、ロランのものではなかった。
声質はもちろん、口調も違う。
呆然と見つめるミシェルの瞳に、一瞬ロランの体がぶれたように思えた。
次の瞬間神父の姿は陽炎のように揺らぎ、代わりにまるで見たことのない一人の青年の姿が出現する。
長い黒髪はロランと同じ。
だが切れ長の青い瞳と、そこにある威圧感は彼とは全く違うもの。
ただ存在するだけで他者を圧倒する絶対の力。
黒と赤とで構成された豪奢な服装に身を包んだ姿は、見た者の背筋を凍り付かせんばかりに優雅で美しい。
明らかに人とは違う存在感。
聖なるこの場所にはあまりにも不釣り合いな、闇に潜む夜の貴族。
「吸血鬼……」
「お前たちにはそう呼ばれているようだな」
ミシェルのつぶやきを平然と肯定すると、美貌の青年は少年を見下ろし艶然と微笑んだ。
微笑んだ拍子に形良い唇の端から、鋭い牙がちらりと覗く。
「そして、ミシェル。お前のような清き血の持ち主を、私はずっと探していた」
清き血、という言葉にミシェルはぎくりと身を強張らせた。
それはかつてロランに語られたこの身の秘密。
魔に強大な力を与える清き血の持ち主は、自然と周りに魔を引き寄せる。
ミシェルの両親が清き血に対する知識を持っていたとは考えにくい。
しかし不気味な怪物を身近に引き寄せてしまう我が子を不気味に思ったか、あるいは手に負えないと思ったかして教会に捨てたと思われる。
非情な措置ではあるが、それでもこの教会を選んで捨ててくれたのは幸運なことだった。
きっと彼らも、高名なロラン神父なら不運な運命の星の下に生まれた我が子を守ってくれると思ったのだろう。
「神父様に…………何をした」
強張った声でミシェルが問うと、魔物は含み笑いをしてつぶやく。
「起き抜けの遊び相手としては、この男はなかなか骨があった。しかもこいつからは清き血の残り香を感じた」
くっくっと喉を鳴らす吸血鬼の指先が、ミシェルの滑らかなほほに触れる。
嫌がって避けようとする様を楽しむように、彼は冷たい青い瞳を細めて言った。
「そこで私は、こいつの体をしばらく我が仮宿とすることに決めたのだ。神父の肉体を使うなど業腹だが、数百年ぶりの目覚めだしな。たまには酔狂も良かろう」
傲慢な物言いに、触れられる嫌悪感よりも怒りが腹の底からわき上がってくる。
ミシェルはこれまで何度も危ない目に遭って来た。
魔物に襲われかけることはもちろん、例えばこの村の村長の息子なども再三ちょっかいをかけて来たのだ。
清き血の持ち主は、天使もかくやとばかりの美貌の持ち主であることが多い。
ミシェルも例に漏れず、意図的に目立たない装いを選んでもその清楚な美貌は隠せない。
加えて魔を誘うその能力は、人の中に潜む魔をも駆り立ててしまうようだった。
ロラン神父の庇護がなければ、ミシェルはとっくの昔に村の男たちの慰み者になっていたに違いない。


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