炎色反応 第一章・7
夜明けの光に光る、透明な丸い球。
おそらくオルバンの操る例の能力の一環なのだと思うが、球の表面がなぜかたぷたぷと揺れている。
唖然としたティスが見守る中、それは空中でいきなり弾けた。
びっくりして起き上がった彼の上にぬるま湯の雨が降り注ぐ。
大量の湯が鼻や口にも入ってきてティスはむせてしまったが、肌にへばりついていた汚れはほぼ流し落とされた。
「ふん、大体きれいになったな」
そう言ったのは、自分もどこかで身を清めてきたのか最初とあまり変わらない格好に戻ったオルバンだった。
まさか普段から湯を常備してはいないはず。
火の魔法使いはその強力な力でもって、近くの川の水を暖めて運びティスの上にかけたのだろう。
オルバンがまた指輪を光らせると、熱気がティスを取り巻いた。
ずぶ濡れだった体も髪も、あっという間に乾かされてしまう。
「お前の服がいるな。とりあえず森を出るか」
痛みとところどころに残された歯形など以外はきれいになったティスは、当惑してオルバンを見つめた。
確かに自分の服を裂いたのは彼だが、まさかそんなことを気にする男だとは思わなかったのだ。
「服…………いえ……、オレは……家に帰ります」
「帰る?」
とても面白い冗談を聞いたような調子でオルバンが笑う。
恋に恋する若い娘などが見れば、元が整った顔立ちの青年だ。
さわやかな笑顔だと言うかもしれない。
けれどティスは戦慄を覚え、思わず一歩後ずさってしまった。
怯える少年に二歩分近付いてオルバンは更に言う。
「ああ、そうか。かわいそうに、お前家でいじめられてるんだな」
ティスの頭の中が真っ白になる。
なぜそういう発想になるのだ。
オルバンが何を言おうとしているのか全く分からず、沈黙したままのティスに彼はご丁寧に説明してくれた。
「だってそうだろう? お前、オレを家族のところまで案内してそいつらを殺してもらいたいんだろう。だからそんなことを言うんだ」
ティスは絶句してオルバンを見つめた。
この子はちっともあたしに似てないね、が口癖の母親。
オレにだって似てないよ、と返すのが常の父親。
でも二人ともティスを愛しくれていて、ティスも彼らを愛している。
穴だらけになって死んだ男たちの顔が、今度は両親の顔とだぶってまぶたの裏に映った。
「オレ…」
唇が震え、何か言おうとするのにそれ以上続かない。
素裸に近い状態でも、さっきの熱気がまだ肌に残っているから暖かいぐらいだったのに、どうして今になって寒気がして来たのだろう。
オルバンはそんなティスにすたすたと近付いて来て、大きな手で優しくその乾かされた金の髪をなでる。
「安心しろ、こう見えてオレは案外優しいんだ。いずれはお前にも飽きるだろうが、この顔にこの体だからな。一番ましな人買いに売ってやるよ。運が良ければ発狂するまで調教されるぐらいで済むさ」
髪をなでる指先が耳元に触れる。
火の精霊の指輪が朝の光にきらりと輝く。
ティスの可愛らしい耳たぶを指先でいじりながら、彼はそこに唇を寄せてささやいた。
「それが嫌なら、がんばってオレの気を引いておく努力をすることだ。いいな」
雪のように白くなった顔のまま、こくりとうなずく以外に何が出来ただろう。
「そういえばお前、名前はなんていうんだ?」
今頃そんな質問をしてくるオルバンの声を聞きながら、ティスは何も終わってなどいないということにようやく気が付いたのだった。
〈終わり〉
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