炎色反応 第二章・9
この宿に戻った時だって、素裸の自分を見て従業員がびっくりしていたのだ。
もうこの村の人間と顔を合わせたくない。
特に、あんな風に自分を集団で犯した連中になんか、二度と会いたくない。
……両親を殺すと脅され、火の魔法使いの所有物になってどれぐらい経つだろう。
普通の人間に魔法使いに逆らうことなど出来ない。
だからオルバンの玩具になることにはまだ我慢出来る。
けれど昨夜の酒場の男たちは、ティスと同じ普通の人間だ。
オルバンに会う前の自分が彼らと会ったって、まさかあんなことをされたりしなかっただろう。
アインだって最初はむしろ気色が悪いようなことを言っていた。
なのに、最終的には彼は率先してティスにひどいことをした。
ぶるりと身を震わせ、ティスは汚れた体を洗う水桶を使うために部屋の隅に向かう。
お前には素質がある。
オルバンは出会って以来何度もそんなことを言ったが、誓って自分にはそんな素質なんかない。
ティスだって男だ。
それが男に抱かれてあえぎ、よがるなど、異常だ。
「オレは、好きで、あの人にいいようにされてるんじゃない…」
オルバンが暖めたものではない、冷たい水に身を震わせながらティスは少し言い訳がましい声でそうつぶやいた。
***
なかなか戻らないオルバンに、その内ティスは心配になって来た。
側にいればいたで何をされるか、させられるかとびくびくはする。
でももうそろそろ日が落ち始めている。
彼は一体どこで何をしているのだろう。
食事は宿の人間が、オルバンを恐れて勝手に持って来てくれる。
朝と昼は普通に食べたティスだが、この調子だと夜の分は遠慮した方がいいかもしれない。
「いつ帰って来るんだろう、オルバン様」
食欲など全く沸かないまま、彼は窓辺にもたれぼんやりしていた。
あどけなさの残る顔に、物憂げな瞳が少し不釣合いに見える。
本人が思っている通り、いかに美しかろうがオルバンに会うまでのティスはごく普通の快活な村の少年だった。
しかし冷酷な魔法使いに出会い、犯され、理不尽な陵辱を続けられる内に、淡い陰りが不思議な儚さとなって彼を取り巻き始めている。
それがどこか見る者の庇護欲と嗜虐欲をそそることに、生憎とティスはまだ気付いていなかった。
いつ……いや……オルバンは、本当に帰って来るつもりなのか?
思い付いたことにティスははっとしてしまった。
「そんな」
戻る気なんかないのじゃないか。
夕べの狂宴以外この村に彼の気を引くものなどもうなさそうだ。
飽きてとうの昔に出て行ってしまったんじゃないか。
ティスを置いて。
「そん…」
予想以上の衝撃に立ちすくむティスの耳に、どたどたという足音が聞こえた。
オルバンが戻ったにしては様子がおかしい。
この入り乱れた足音は、どう考えても複数の人間のものだ。
間もなく部屋の扉が乱暴に開かれ、そこに数人の男たちの顔を見つけてティスは息を飲む。
オルバンじゃない。
でもどの顔にも、見覚えはあった。
***
混乱したまま目の粗い縄で縛り上げられ、荷物のようにティスは抱え上げられた。
突然彼を拉致したのは夕べ酒場で会った男たちだ。
その中にはアインの姿もあって、仲間たちを指揮する姿を見るに彼が事の首謀者のようだった。
「何を…はな…、!」
暴れ、叫ぼうとした口に布がかまされる。
うめきながらティスが連れて来られたのは、なんと昨夜と同じ酒場だった。
片付けはまだ終わっていない。
今朝最後に見たよりはもう少しましになっているが、嵐の後のような有様に変わりはなかった。
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