炎色反応 第二章・15
「うわあ!」
「ぎゃっ」
上がった悲鳴はどれも短く、ぷつりと中途で途切れた。
男たちの頭から血が噴き出し、たちまち自分の体より大きな溜まりを生み出していく。
先ほど吐いていた男は吐瀉物の上に更に血を吹いて、汚らしい泉の中に身を投げ出すようにしてこと切れていた。
頭部を一直線に貫かれたのだ。
痛いと思う暇もなかっただろう。
「あ……あ…………ぁ」
卓の上に座り込んだまま、ティスはかたかたと震えている。
初めてオルバンと出会ったあの日、向こう見ずにも彼に襲いかかった夜盗たちと同じような死に様。
しかも今回は、場所は夜の森ではない。
嵐の後のように物が散乱していても、ランプの明かりがまぶしい酒場の中だ。
それもさっきまで生きて、元気で、目的がなんであれ愉快そうにげらげら笑っていたのに。
「うっ…」
吐き気が込み上げてきたティスの目の前が暗く陰る。
卓の上にオルバンが乗り上がって来て、ランプの灯りを遮ったのだ。
金の瞳があの、初めて彼に陵辱された日のように殺しの余韻を帯びて強く光っているのが分かる。
吐き気は引いた。
その代わり、寒気がして来た。
「オルバン様…」
呼び声に応じるようにかすかに細められた瞳が動き、辺りを見回してつぶやく。
「臭いな」
個別でもきつい匂いのするものが何種類も混じり合い、酒場の中は訳が分からない状態だ。
オルバンはうざったそうにそう言うと、また右手を振り上げた。
黒い衣の裾に赤い糸の縫い取りがしてある。
それがほつれ、床に散ったような幻視をティスは見た。
「うあ……うわああああああっ!」
自分でも、もちろんオルバンでもない悲鳴にティスはぎょっとした。
叫んだのはアインだ。
全員殺されたのかと思っていたが、アインはどうやらまだ生きているらしい。
どうやら腰を抜かしてしまったらしく、仲間たちの血溜まりの中に座り込んでいるようだ。
彼の黒い髪が、瞳が、赤い色に照らされていた。
オルバンが振り上げた腕から火が振りまかれ、それが卓の周りの床を燃やしているのだ。
「オルバン様!?」
状況を悟ったティスが慌てた声を上げたが、オルバンは平気な顔をしている。
「心配ない。あれは浄火という。汚い物だけを燃やす」
彼が言う通り、これだけ火が燃えているのに何かが焼ける匂いというのが全くしないのだ。
だが見回した男たちの死骸は確かに火に包まれ、見る間に黒い消し炭に変わっていく。
それに伴いきつい臭いも薄れていき、血も床に零れた酒も精液も全てが蒸発したように消え去った。
「汚い物だけをな」
同じ台詞を繰り返したオルバンが、にいと笑った。
「え、あ、えっ?」
不思議そうな声は、またしてもアインのものだ。
彼の方を見たティスは再びぎょっとしてしまった。
アインは浄火に包まれている。
本人にちっとも熱そうな様子はない。
服だって焼けていない。
なのに彼の肌は次第に赤く染まり、焼けただれ、溶けるようにその肉体からはがれ落ちていきつつあった。
凍り付いたティスの頬に指が触れる。
オルバンが彼の頬に、耳ごと包むようにして触れていた。
「お前もだいぶ汚されたようだ」
その一言と同時に、ティスの胸元の辺りにぱっと灯が灯った。
火の精霊の指輪がいつもよりも強く光り始めたのが見える。
「うわああああっ!」
叫び、尻で後ずさったティスは鎖骨の下辺りに点いた火を払い除けようともがいた。
しかし火は消えず、熱くもなくて、おまけに肌が焼けていくようでもない。
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