炎色反応 第三章・5
逃げた自分を連れ戻した後、オルバンはそれは激しいお仕置きをするだろう。
裸にされ、全身をなぶられた挙句、やめて欲しいと泣き喚くまでめちゃくちゃに犯されるに違いない。
「本当に、何、考えてる…」
最低なのは、そんな妄想だけでもうかすかな官能を感じてしまっていることだ。
いつしか心まで彼に犯され、その意のままに淫欲を貪る浅ましい生き物にされてしまったのだろうか。
でもいっそ、早くそうなってしまいたいとも思う。
オルバンに抱かれ、よがることを至上の悦びとし、他のいっさいが気にならないならどんなにいいか。
快楽の底なし沼に首までつかってしまえれば楽なのに、頭のどこかで自分はまだそれを拒んでいる。
ただの人間、ただの子供でしかないティスには彼に抗う術などない。
オルバンも事あるごとに「逆らうな」と言い続けている。
死にたくないのなら素直に彼に従い、その腕に抱かれてあえいでいればいいのだ。
第一今更清純ぶったところで、誰も信じやしないだろうに。
どっち付かずが一番苦しい。
オルバンが側にいない分、余計なことまで考えてしまってますます混乱して来る。
宿がまだ見える位置でぐるぐると同じところを回っていたティスの耳に、懐かしい声が飛び込んできたのはその時だった。
「ティス?」
ぴくっと反応し、ティスは足を止めて声がした方向を見た。
二十代半ばか、年の頃はオルバンと同じぐらいの年齢の青年が宿の方から小走りにこちらに近付いて来る。
ただし受ける印象は、オルバンが夜の闇なら彼は明け方の光だ。
ティスに少し似た雰囲気の、癖のない金髪が美しい穏やかな顔立ちの青年は、少年の側に駆け寄って来てこう言った。
「ティス! ああ、探してたんだ、会えて良かった……!」
心から嬉しそうに言い、自分を強く抱き締める男の名をティスは夢を見ているような気分で呼んだ。
「イーリック、……さん……?」
「そうだよ。心配してた。ずっとずっと君を探してたんだ、ティス」
彼はそう言うと、優しい茶色の瞳を微笑ませてまたぎゅっとティスを抱き締めてくれた。
この青年はイーリックといって、ティスが生まれ育った村に住んでいた若者の一人だ。
整った顔立ちを持ち、頭が良く、優しくて、柔らかな物腰ながら剣も強い。
まるで吟遊詩人の物語に出て来るどこかの国の王子のような彼は、当然村中の娘たちの人気者だった。
だが騒がれるのが苦手らしいイーリックは、なぜかティスによく声をかけてはいっしょに遊んでくれた。
明るいが基本的におとなしい性格の少年と、村の中や付近の森をゆっくりと散歩することを彼は好んだ。
ティスもそれだけの能力を持ちながらおごったところのないイーリックが大好きで、兄弟がいないせいもあり年の離れた兄のように慕っていたのだ。
「イーリックさん……オレのこと…………ずっと、探してくれてたの?」
彼の腕の中でティスがつぶやくと、イーリックはにこっと笑ってうなずいた。
「そうだよ。君のお父さんとお母さんは、夜盗が殺されている脇に君の服の残骸があったのを見てね。ティスもきっと死んでしまったんだって諦めてしまったけど、僕はどうしても、この目で確かめたくて」
最初にオルバンに会ったあの夜、彼の機嫌を損ねてくれた盗人たちのことだ。
彼らの側で服を裂かれ、初めて陵辱されたことを思い出してティスは身を震わせた。
「あちこち訪ね歩いたけど、やっと見付けた。さあ、ティス、村に帰ろう」
当たり前のように続いた言葉にティスの鼓動が早くなり始める。
イーリックは方向音痴ではないし、しっかり旅支度もしているようだ。
いつもながら頼もしい言葉を聞き、頼もしい腕に抱かれていると、懐かしさと慕わしさが胸の奥から込み上げて来た。
うなずけるものならうなずいてしまいたい。
でもだめだ。
彼を巻き込んでしまう。
彼も殺されてしまう。
「だ、だめ」
イーリックの腕の中、ティスは逃れようと身をよじった。
「だめ……です。オレ、帰れない」
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