炎色反応 第三章・6



「ティス? 何を言うんだ」
「オレ、一人じゃないんです。オルバン様っていう…とても強い火の魔法使いと、いっしょにいるんです」
イーリックの表情が強張った。
「………噂は聞いてるよ。ひどい男らしいじゃないか」
憎々しげな一言にティスは硬直してしまった。
ひどい男なのはもちろんだが、特に自分に対してどうひどいのかイーリックは知っているのだろうか。
「だから、そいつがいない今の内に逃げなきゃ」
幸か不幸か、イーリックはオルバンについて深く触れずになおも逃走をうながしてくる。
どうやら本当に、あの魔法使いのことをあまりよく知らないようだ。
ティスは激しい声で彼の誘いを拒否した。
「だめ! イーリックさんまで、ひどい目に遭わされてしまいます。オルバン様の力は、オレたちみたいな普通の人間じゃとても適わない恐ろしいものなんです」
流星のような光に穴だらけにされて殺された男たち。
炎の塊と化し、床を転げ回って消し炭にされたアイン。
彼らのような目に、このイーリックを遭わせるわけには絶対にいかない。
「探してくれて、ありがとう。また会えてすごく嬉しかった」
切なく微笑み、ティスはイーリックの腕からするりと抜け出る。
「ごめんなさい。イーリックさんは村に戻って。……父さんと母さんには、オレはもう死んだって言って!」
叫んだティスは身を翻し、一目散に宿の方へと駆け戻っていった。




宿の中に入ったはいいが、部屋に戻ることはせずティスは受付である板敷きの広い部屋で立ち止まってしまう。
散歩に出たにしては時間が短すぎる。
オルバンがおかしく思うだろう。
困りながら、ティスは目立たない壁際に立って何か考え事をしているふりをした。
どれぐらい時間を潰せばいいかと思い始めた矢先のことだ。
「お前も聞かれたのか?」
そんな言葉にふと耳を澄ますと、従業員らしき男二人が顔を寄せ合って何か話しているのが分かった。
「ああ、金髪の、えらい顔のいい男だろ。例の魔法使いを探してるって言ってたよな」
イーリックのことだ。
心臓を冷たい手に鷲掴みにされたような恐怖を覚え、ティスはおそるおそる彼らの側に近付いていった。
「あのっ」
「おっと、噂をすれば」
オルバンの連れであるティスのことは宿の人間のほとんどが知っている。
知っているが、魔法使いに下手に近付くことを恐れ彼らの方からは話しかけて来ない。
とはいえこうしてティスから声をかければ別だ。
若い、噂好きらしい従業員は好奇心も露に「何だ?」と聞き返して来た。
「金髪の、男の人って…」
「ああ、今朝方外の掃除をしていたら声をかけられたんだ。お前のご主人様を探してるんだとよ」
「なんて……答えたんですか」
イーリックは知ってしまったのだろうか。
自分があの男に毎夜抱かれ、さかりの付いたような声を上げて悦んでいることを。
「いるって答えたよ。でもそれだけだ。思い詰めてるような感じがしたし、余計なことしゃべって、ぼん!」
いきなり男が声を上げたので、ティスは飛び上がってしまった。
大き過ぎる反応にけらけらと笑いながら彼は言った。
「こんな風に出来るんだろ? 火の精霊の指輪をしてたよな、お前のご主人様は。客のことをあんまりよそ者に話すわけにもいかないし、用があるなら自分で来るだろうからそれ以上は言ってない」
いかにも口の軽そうな雰囲気に見えていたが、思ったよりもずっと分別のある回答にティスはほっとした。
「そうですか。ありがとうございます」
ティスが礼を言うのも妙なものだが、頭を上げられれば悪い気はしないのだろう。
従業員はいいって、と照れたように笑うとふと思い出したようにこう付け加えた。
「けどあいつ、さっき宿の中に入って来てなかったかな」
「顔のいい金髪? 見たな、そういや。受付でもめてなかったっけ」
もう一人の従業員が言うと最初の男もそうそう、とうなずく。
「あの魔法使いの部屋を聞いてたんだろう。何があったか知らないが、こっちも巻き込まれちゃ困るしなあ。最後には追い出されてたな」
「伝言ぐらいなら伝えてやってもいいがねえ」


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