炎色反応 第三章・7



安堵も束の間、ティスはまた心臓が痛くなって来るのを感じた。
では先ほどのイーリックは、宿を追い出された後だったのだ。
彼は思った以上の情熱で自分のことを探し回ってくれているらしい。
さっきは戻ってくれと言ってみたものの、はいそうですかと帰ってくれるだろうか。
むしろ余計むきになって、今度こそオルバンの所に押しかけてくるのではないだろうか。
……言わなければならないか。
自分が何のためにオルバンの側に置かれているのか。
いや、それは口にせずともいい。
あの魔法使いがどれほど恐ろしい存在なのか、もっとちゃんと彼に知らせなければ。
きちんと納得した上でなければ、こうと決めたら譲らない部分のあるイーリックは諦めないような気がした。
「ごめんなさい、オレ、用事を思い出しました!」
まだ別れてからそれ程時間が経っていないから、イーリックはきっとまだこの付近にいるはず。
ティスは今度は彼を探して宿の外に駆け出していった。
残された従業員たちは目を丸くして彼の急ぎようを見送る。
「あれだけやりまくってるのに、元気な子だなあ……あの時と今じゃ、だいぶ元気の種類が違うみたいだけどな」
実はティスの痴態を昨夜覗いていた男は、へらへらと締まりのない笑みを浮かべた。
ところがもう片方の男は何か考え込んでいる。
「おい、どうした?」
「あのさ、お前があの魔法使いのこと聞かれたのは金髪の男にだけ?」
「ああ。何だよ、お前他の奴に聞かれたのか?」
「実はそうなんだ。銀髪で色が白い、女みたいにきれいな男だったよ」
髪が長くて、と彼は自分の腰辺りに手をやってみせる。
「白と青の、ひらひらした裾の長い服着ててさ。オルバンがここにいるのかって聞かれた。お前と同じで、いるとしか教えなかったらそれっきりどこかに行っちまったけど」
「まさか痴話喧嘩が始まるんじゃないだろうな? あの子に心変わりしたのねっとか言っちゃって」
女みたいにきれい、という辺りから連想したのだろう。
無責任に嬉しそうな声を出す同僚に、男は渋い顔をして答える。
「どうだかな。確かにすげえ美人だったけど、オレはあれは遠慮するよ……だってそいつ、魔法使いなんだぜ」
にやついていた男が真顔になる。
「本当か?」
「間違いない。精霊の指輪をしてた。青い宝石のはまった………ありゃ、水の魔法使いだな」
そもそも魔法使いの数は決して多くない。
王族などと同等、あるいはそれ以上の力を持つ事実上の支配階級に当たるとはいえ、彼らには人目を嫌う隠者のような生活をする者が多かった。
オルバンが有名なのも、その能力はもちろん好んで人前に姿を見せるからだ。
行く先々で騒動を起こす、厄介な火の魔法使いを人々は恐れた。
だがここにもう一人、しかも水の魔法使いが現れたらしい。
選民意識が非常に高く、他者を見下す傾向の強い火を魔法使いと人との共存を願う水は軽蔑していると聞く。
一体何が起ころうとしているのだろう。
美しい水の魔法使いは、奴隷少年を連れ回す火のオルバンに会ってどうするつもりなのか。
うかつに首を突っ込んだらただでは済まない気がして、二人はどちらからともなく視線を逸らし逃げるように仕事に戻っていった。


***

一方宿を走り出たティスは、思ったよりも簡単にイーリックに再会することが出来た。
さっき別れたあの場所に、彼は思い悩んでいるような顔付きで木にもたれ腕組みしていたからだ。
「ティス」
少年の接近に気付いたイーリックの顔がぱっと明るくなる。
「良かった、戻って来てくれたんだ。実はさっきあの宿から追い出されちゃったから、追いかけようかどうしようか迷ってたんだよ」
思った通り彼はティスを連れ戻すことを諦めてはいなかったようだ。
嬉しいような、困ったような、複雑な気持ちになりながらティスはとにかく話を始めた。


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