炎色反応 第三章・9



イーリックがはっと息を飲むのが聞こえる。
光が二人の周りを駆けた。
「くっ…!」
イーリックが短くうめき、彼はティスを放り出さないよう必死になりながらその場にがくりと膝を付く。
痛みにしかめられた瞳が、近寄って来る足音に気付いて悔しげにそちらを向いた。
「悪い魔法使いからお姫様を助けに、王子様のご登場か」
右足から血を流しているイーリックの側に、くすくすと楽しそうに笑いながらオルバンが歩み寄ってくる。
右手の先に、イーリックの足を傷付けた光を戻しながら彼は言った。
「思ったのと違うねずみが引っかかったが、まあいい。罠を仕掛けておいて正解だったな」
やはりと言おうか、オルバンはティスの動きを把握していたようだ。
多少意味の分からない言い回しが彼の言葉には含まれていたが、今はそこまで気が回らない。
イーリックの腕の中、黒衣の男を見上げてティスは青い顔をしていた。
「オルバン、様……やめて。この人はやめて下さい」
イーリックを殺さないで欲しい。
哀願するティスに、金の瞳を細めてオルバンはにいと笑った。
「ああ、殺さないさ。ティス、立て」
反射的に命令に従おうとしたティスを、イーリックがぎゅっと抱き締める。
「ティス、やめろ。そいつの言うことをきく必要なんかない!」
「そうだな、イーリックといったか。お前が死ねば、そもそもこんな命令をする必要がなくなる」
冗談ごとのようなオルバンの受け答えにティスは顔面蒼白になり、イーリックの手を引き剥がして立ち上がった。
「ティス! ……ぐっ」
自分も立ち上がろうとしたイーリックの、怪我をした部分にオルバンが素早く蹴りを入れる。
「イーリックさん!」
「やれやれ、美しい兄弟愛だな」
二人が「弟」「兄さん」と言い合っていたことを聞いていたらしく、オルバンは肩をすくめてみせた。
うかつにイーリックの怪我の具合を看ることも出来ず、彼の名を呼んだきり立ちすくむティスの背に何かが触れる。
上着の裾をたくし上げ、慣れきった手の感触が服の下に入ってくるのが分かった。
「オルバン様っ……んっ」
驚いて今度は主人の名を呼ぶと、背後からあごを取られて深く口付けられた。
服の下の手は前に回り、右の乳首をきゅっとつまみ上げる。
「やめろ!」
顔色を変え、また立ち上がろうとするイーリック目掛けて光が走った。
長く尾を引く火の精霊の力は、彼の鼻先を飛び回り動きを封じてしまう。
「ふっ…」
それを目の端で察しながら、ティスは口の中でうごめく舌に翻弄される。
オルバンが何をする気かはもう分かった。
イーリックの目の前で、自分を犯す気なのだ。
「やめろ! オルバン、その子はお前がおもちゃにするような子じゃない! お前ならそんな相手いくらでも手に入れられるだろう!」
イーリックの叫びは、オルバンよりもむしろティスの胸に重く響いた。
……だから、帰ってくれと頼んだのだ。
以前の自分のことを知っている人間の前で、オルバンにもてあそばれるなんて…
それもよりによって、兄とも慕うこの人の前で。
「ああ、確かにいくらでも手に入れられるさ。だがオレは今はこいつが気に入っている」
口付けをやめたオルバンは、ふざけたように言いながらティスの上着の前を大きくたくし上げた。
「ティス、噛んでいろ」
言われるまま、ティスは瞳を閉じて自分の服の裾を噛み締める。
「ん、んっ………」
オルバンの両手が、さらけ出された薄い胸の上を這う。
あるかないかのふくらみをもまれ、その頂点にあるとがりを指先でつまみ上げられティスは服を噛んだ唇を震わせた。
自由なはずの両手を動かすこともなく、胸を愛撫されて眉根を寄せているティスからイーリックはつらそうに目を逸らす。
しかし彼の顔の回りを飛び回る光はそれを許さない。
「つッ」
イーリックの頬に一条の細い傷が生まれ、うっすらと血がにじんだ。
「ちゃんと見ていろ。でないと今度はこいつが死ぬぞ」
言いながら、オルバンはぎゅっと強くティスの乳首をつまんだ。


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