炎色反応 第三章・18



だからイーリックも。
「ごめんね、イーリックさん」
あんな格好で置き去りにされて、イーリックも大変だろう。
長い時間をかけてこんなところまで追って来てくれた彼の努力を思うと、自然にそんな言葉が漏れた。
これで彼も諦めが付いたはず。
事の成り行きを人に話せるはずはない。
両親や他の村人には自分は死んだ、と伝えてくれればそれでいい。
イーリックも早く全部の事を忘れて、彼の日常に戻ってくれればいい。
自分の日常は、この魔法使いの意のままに変化する刹那的なものに変ってしまった。
以前の自分にはもう戻れない。
ティスはそれ以上考えるのをやめて目を閉じた。
やがて疲れが徐々に押し寄せて、彼はゆっくりと眠りに落ちていった。


***

翌朝、やはりオルバンはもうこの村に飽きたらしい。
突然今日ここを発つと言われるのにはもう慣れっこだ。
ティスは素早く荷物をまとめ、いつでも出て行けるように準備をした。
宿を出るという連絡をしにいく際、従業員たちがにやにやしているのは分かったが気にしない。
昨夜だってどうせ聞かれていたのだろう。
彼らにどう思われたっていい、だけど……
頭の中に浮かんが面影を振り払い、ティスはオルバンといっしょに宿を出た。
彼といると、明らかに村人たちの態度が違う。
恐怖と好奇心がない混ぜになった視線の中を、オルバンは何ら臆する様子なく歩いていく。
どうやったらこんな男に逆らえるというのだ。
改めてあれは仕方がなかったのだと思い直し、黙々と魔法使いを追って進む。
しかし、しばらく歩いてイーリックとの一件があったのとはまた別の木立の中に入った時だ。
オルバンが突然立ち止まったため、ティスも慌てて歩くのをやめた。
「待っていた方のねずみが来た」
にやっと笑う彼の言葉通り、近くの木の陰から人影が現れた。
その姿を見た瞬間、ティスは相手を女性だと思った。
それもおよそお目にかかれないような美女だ。
長い銀の髪は腰に届くまでに長く、抜けるように白い肌には染み一つない。
珍しい紫の瞳はすっと端が切れ上がっていて、清楚さと淫靡さを同時に感じさせる。
白と青、二色の対比が目に鮮やかな裾の長い衣は、形だけならオルバンが着ているものに似ていた。
「あなたが、火のオルバンですね」
けれど静かにそう言う声を聞いた途端、相手が男性だということに気付きティスはびっくりした。
かくいうティスも少女めいた、愛らしい顔をしている。
だがこの銀髪の青年は年齢が上な分、妖艶さを漂わせていてそれが余計に女性らしさとして感じられるのだろう。
ティスは当惑しながらオルバンを見上げたが、彼もしげしげと相手の顔を見ている。
どうやら知らない顔らしいが、慌てる様子は全くない。
「水の魔法使いか。ここ最近知らない魔力の気配を感じていたが、お前のようだな」
言われてティスは、相手の指に精霊の指輪があることに気が付いた。
オルバンのものにはまった宝石は赤いが、彼の指にある石は青い。
「私は水のレイネ。オルバン、あなたにお話………いえ、問い質したいことがあって参りました」
口調は丁寧だが、レイネと名乗った青年の瞳には鋭い光がある。
その目が自分の方に向けられたことに気付いてティスはびくっとした。
だが、レイネのこちらを見る目は柔らかい。
その顔立ちに相応しい、少し悲しげだが慈愛を感じさせる表情になっている。
「……かわいそうに。その人間の少年が、あなたがおもちゃにしている子ですね」
どこかイーリックにも似た、本物の優しさのこもった声だった。
レイネは痛ましそうな目をオルバンに戻し、今度はきりりと表情を引き締める。
優美な容貌とは裏腹に、彼はかなり気丈な性格のようだ。


←17へ   19へ→
←topへ